第7話笑えない話

『己己己さん、清恵さん、こんばんは』


『はい、こんばんは』


『先日別のラジオ番組を聞いていたところ、ゲストの清恵さんが今年の目標は貯金だと仰っていたのでメール差し上げました。ずばり、いい財布を使ってみたらいかがでしょうか? いい財布を使うとお金が貯まると言いますし。とのことです』  


『そんなこと言ったの?』


『そうですね。特にウケたりはしませんでしたが』


『……あんたねぇ、つまらな過ぎ』


『そうですか?』


『そうだよ。あたしたちは芸能人なんだからパーッと使わないと、パーッと』


『そういうものなんです?』


『そういうものなの。というか、先輩は後輩に飯を食べさせたりするから必然と手元から金はなくなるってわけ。ま、今の若い人たちはわかんないけどね』


『……そういえば、先日亡くなった関西の大物芸人さんのお金の使い方が派手だって週刊誌に書いてあったような気がします』


『だろ? それが粋ってもんよ』


『ですが、同じ記事の中に、遺産は一桁億円しかない、と書いてあったので笑ってしまいました』


 一桁億円しかないって……流石は芸能人というか何というか。姉御と咏ノ原さんも芸能人だけど、声優さんはトップの人でもそこまでもらわないと聞いたことがある。


『清恵はどんな財布使ってんの?』


『私ですか? ごく普通の財布だと思いますが』


 咏ノ原さんがそう言うと、何やらガサゴソという音が聞こえてきた。鞄から財布を取っているのかな?


『え!? 何この財布! ビニールにマジックテープとか……中学生かよ』


『小学校三年生のときから使っているので外れですね』


『小!? 買い換えろよ』


『はい? どうしてですか?』


『どうして、じゃなくてさ……高校生なんだから、お洒落したいと思わないの?』


『お洒落に興味がないわけではないですが、財布の本質はお金を持ち歩けることじゃないですか。穴が空いているならともかく……この財布はまだまだ使うことが出来ます』


『そうかもしんないけどさぁ……あ、ひょっとして置き引きに遭ったから、間に合わせとして使ってんの?』


『いえ? 以前から愛用していますが?』


『マジかよ……』


 女子高生で、おまけに売れっ子の咏ノ原さんが、安物のビニール財布を使っているのはちょっと意外だなぁ。というか、姉御、咏ノ原さんがどんな財布使ってるのか知らなかったんだ。プライベートで遊ぶ仲なのに。あ、でも、お会計とか咏ノ原さんに一切させないのかも。先輩が後輩に奢るのが当然だって言ってたし。


『……あれ? パチいなかったっけ? 北海道でさ、イベントがあったんだけど、そのときに盗られたんだと、財布』


『正確には財布ではないです』


『でも、中空っぽだったから不幸中の幸いだったねって話。カードとかもやられたんなら被害届を出すけど、空の財布じゃちょっとね。面倒だし』


『財布ではないです』


 多分ブースの外にいる尾上さんへの説明かな。どうやら彼女はしっかりと裏方さんをやっているみたいだ。


『しかし、小三からってことはもう七年近く使ってるんでしょ? 物持ちいいね、清恵』


『普通だと思いますが? 投げたりぞんざいに扱わないだけです』


『ちなみに加藤さんはどんなの使ってんの? あ、エルメス? へー……福永さんは? 加藤さんのと同じのじゃん! なに、ペアルック?』


 加藤プロデューサーと福永ディレクターは同じ財布……って裏方さんの個人情報を話しちゃっていいのかな!? 尾上さんが来てから裏方いじりが増えてるけど。


『井崎さんはどのような財布なんです? ルイヴィトン。なるほど』


 井崎さんは放送作家。この人もやっぱり業界ではそれなりに名前が売れている。よくよく考えると、この番組ってスタッフに恵まれてるんだなぁ。


『ふーん……そういやパチはどんな財布使ってんの? ……あんたも中学生みたいなビニールかよ! もういい年だろ!』


『デコさんも中学生からなんですか? へー……私よりも遥かに物持ちがいいです』


 確か尾上さんて私と同い年くらいだよね。流石に私の周りにはいないかなぁ。中学生みたいな財布は。一応女子大生だし、私。


『それにしましても、みなさんお金持ちですね』


『ま、大人としてちゃんとした財布を持っときたいってのもあるんじゃない』


『そういう己己己さんはどういう財布でしたっけ?』


『あたし? ここに来るときは小銭入れとカードくらいしか持ってこないけど、まぁブランドものだわな』


『あ、出さなくても結構です』


『……何でだよ?』


『多分、この辺り、財布の話はカットになるので。ずっと思っていたのですが、正直、面白い部分ないですし、着地点が見えません』


『な!? 今更? 別にいいじゃん、あたしで最後なんだから』


『では、何かオチをつけられるんですか?』


『え?』


『オチです、オチ。抱腹絶倒の』


『いや、それは、』


『リスナーさんも納得しないのではないでしょうか。綺麗にオチがつかないと』


『あー…えー、えー……』


 何とかオチをつけようと呻く姉御だったが、この空気だと何て言っても滑ってしまうような……。


『……やめるか、この話』


『ですね。助け船にはのっておくべきです』


 今の助け船だったの!? ただハードルを上げたわけじゃなく!?

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