第4話ところで

『あんたは本当に多才だね……というか、よくやらしてもらえるな。新人のくせに』


『うちの社長にお願いしたら、二つ返事でしたよ?』


『あんたに甘過ぎだろ社長』


『金の卵を産む鶏ですからね』


『もう自分で言うなってツッコむのも面倒くせぇな……んで? 何の話してたんだっけ?』


『北海道はどうだったのかという話です』


「ん? もう一回言ってみ?」


『……? 北海道はどうだったのかという話です』


『おいおい、駄洒落か? 北海[道]は[どう]って』


『自分で仰った言葉じゃないですか。変なキャラ付けをしようとなさるのならぶっ殺しますよ?』


『酷い物言い……あんたねぇ、一応先輩だぞ? あたし』


『……そうですねわかりました。ぶっ殺すのはやめて、物故にします』


『あれ? 大して変わってなくね?』


 噛み合っているようで噛み合っていない二人のトークは一年経っても相変わらずだけど、芸歴が何十年も長い姉御に物怖じしない咏ノ原さんの態度も相変わらずだ。一年も業界にいれば少しは丸くなるのではないかと思ったが、咏ノ原さんは何も変わらない。


『北海道はよかったですよ。まだ桜も残っていましたしね』


『もう五月の頭も見えてるってのに? 流石は北国だね』


『ご飯も美味しくて、空気も綺麗でした。次はプライベートで行ってみたいです』


『お、珍しいね。毒舌家の清恵がそんなに褒めるだなんて』


『? 私は毒舌家なんです?』


『いや、あんたは素直ないい子だよ……』


 皮肉っぽく姉御が吐き捨てると、


『皆さんによく言われます』


 咏ノ原さんは当然の褒め言葉として受け取る。本当にこの人は危ういくらいに純粋だ。


『いつか刺されそうだな、ほんと……。面白い土産話はないの? 何か事件があったとかさ、そういうの。あったとしてもどうせ大した事件ではないと思うけど、そこら辺膨らませて話してみ?』


『事件ですか? そうですね……あ、窃盗の被害にあったかもしれません。北海道ではなく、こちらでの話ですけど』


『窃盗!? ほんとの事件じゃん!』


『まだ窃盗と決まったわけではないですが。私が自分で失くしてしまった可能性もありますし』


『あ、ひったくりとかじゃないんだ……びっくりした』


 ホッとしたように姉御は声を漏らす。絶対に否定するだろうけど、姉御は咏ノ原さんのことを大事にしていた。私たち姉御のファンは、二人のことを事務所の先輩後輩という関係ではなく、姉と妹、あるいは母と娘のような微笑ましい関係だと認識しているのだ。


『じゃ、置き引きってこと?』


『……そうなのかもしれません』


『何やられた? 財布?』


『財布……みたいなものです。まぁ、中には何も入っていなかったのですが』


『へー……警察には言ったの?』


『いえ。自分でなくしてしまったのかもしれませんし、大した被害でもないので』


『そっか。確かに、現金とかカードとかを盗られたわけじゃないし、わざわざ警察に行く方が面倒か』


『……それは……そうですね』


『ん? 何かあるの?』


『いえ……そういうわけでは……』


『何その、奥歯に何か引っかかってるみたいな物言いは』


『奥歯ですか? ここに来る前に歯は磨いてきたはずなのですが』


『そういう意味じゃなくて。何か考えごとしてるでしょ? らしくないよ』


『そう言われてしまうと、まるで私がいつも何も考えていないみたいで心外ですが……気になることがありまして』


『気になること?』


『はい』


『取りあえず言ってみたら? 駄目そうな内容だったら編集すればいいし』


『……わかりました』


 いったい何のことだろう。私まで息をのむ。


『大したことではないのですが……』


『大したことじゃないけど?』


『己己己さんが冒頭に仰っていた重大発表はいつになったらするのかと』


『あ』


 そういえばそうだった。ドッキリのネタばらしもしてないし。

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