第3話サラブレッド

『何のイベントで北海道に行ったんだっけ?』


『アニメです。魔法探偵ワッフル☆スコーンのイベントで』


『へー。何で北海道? こういうのって東京か大阪でやんない? 普通。あと名古屋とか』


『今回のイベントで発表されたのですが、映画になるんです。ワッフル☆スコーン。北海道を舞台に』


『あー、そういうやつね。なるほど。あんたは出るの? 何だっけ、グ、グ、グリ』


『グレイスです。音盗おととりのグレイス』


『そーそー、あのボインの女狐』


『随分とオヤジっぽい発言ですね』


『ビジュアル的に大違いだよな、清恵とは』


『多分バストは二十センチくらい違うのでは? 映画にはグレイスも出ますよ。というよりもグレイスが主役みたいなものなので』


『もうシナリオ出来てんだ?』


『はい。嘘と記憶を盗まれた女狐怪盗グレイスが全てを取り戻す物語、というテーマだそうです』


『まぁ、人気あったしねぇ。あんたのキャラ』


 しみじみと声を漏らす姉御の言う通り、咏ノ原さんのデビュー作[魔法探偵ワッフル☆スコーン]は当たりアニメであり、音盗りのグレイスは当たりキャラだった。


 グラマラスで露出の多いビジュアルもさることながら、嘘をつくことが出来ない怪盗というギミック。実はスコーンの姉という美味しいポジション。正直な話、シリーズの後半、もう一人の探偵ワッフルはほとんど蚊帳の外だったと言っても過言ではない。

 私もグレイスは好きだ。嘘をつくことが出来ないというハンデを負いながら、自分が所属する犯罪組織・梁山泊の撲滅を画策する珠玉の知恵比べを見たら、グレイスが好きになるに決まっている。


『あ、そっか。そういえばグレイスは梁山泊のリーダーに嘘を盗まれたままなんだっけ?』


『そうですね。それとスコーンが妹だということは思い出しましたが、まだ記憶の大部分は盗まれたままです。今回はグレイスが嘘と記憶を盗まれた過去の話、そして嘘と記憶を取り返す現在の話になるそうです』


『……ふーん。なるほどねぇ』


『どうしましたか? 何か腑に落ちていないような顔をしていらっしゃいますが』


『いや、最近こういうの多いなって思って』


『と、言いますと?』


『何つーの? 続きは劇場で!とか、続きはOVAとか』


『そう……かもしれませんね。確かに一昔前よりアニメの映画化が多くなったような気がします』


『あたしもさ、映画になったりOVAになったりすること自体はいいと思うのよ。けどさ、最初っから劇場版やOVAを意識した作りになってるのはよくないと思うんだよね』


『別に私は構いません。仕事は増えますが、その分ギャラも発生するので』


『ほんとに一貫してドライだね、清恵は。あたしも声優としては文句ないよ。あんたの言う通りお仕事だしね。ただ、一人のアニメファンとして言わせてもらうならさ、やっぱりテレビ放送内で完結してほしいよね』


『ファンの方も嬉しいんじゃないです? テレビ放送が終わったあとも好きなアニメの続きを見られるんですから』


『んー……そうかもしんないけどさ、それなら完全オリジナルのシナリオにすればいいじゃん。テレビ放送の謎を残したままにしないで』


『アニメだけじゃなくて、最近はテレビドラマでもよくありますよね。劇場版で完結というパターン』


 確かにそういうパターンは多いかもしれない。でも、テレビ放送の総集編を劇場でやるのよりはいいかな、と個人的には思ったり。


『……そうですね。確かに己己己きなこさんの言う通りかもしれません』


『だろ?』


『ええ。ですが、優秀なビジネスになりえるのでは? 風呂敷をたたまないままテレビシリーズを終えたにも関わらず、世紀をまたいだ今でも劇場版をやっている人気ロボットアニメとかありますし』


『あんた、結構攻めるね……』


『ああいうのは、あえて風呂敷をたたまないのかもしれませんね。そうすることで熱心なファンが勝手に考察して盛り上がって下さいますから。途切れることのない素晴らしいコンテンツだと思います』


『ペーペーが作品批判とかちょっと恐いんだけど……? 頼むから作品名出さないでね? 炎上するから』


『批判はしていないと思いますが? むしろ褒めているつもりなのですが』


『いや……あんたの場合、何言っても棘があるように聞こえるんだよ』


『つまり私は綺麗な薔薇ということですね。ありがとうございます』


『褒めてねぇよ。そういうこと無表情で言っちゃえるあたりも恐過ぎだから……』


 相変わらず咏ノ原さんはどんなことにも動じない。冗談めかして言うのならともかく、いつもと同じ淡々とした口調で、自分のことを綺麗な薔薇と言ってしまえるだなんて。普通の人だったら言っている途中で恥ずかしくなっちゃいそうだけど、咏ノ原さんの綺麗な肌はきっと雪のように白いままなのだろう。


『ところで、北海道はどうだった?』


『どうしようもないくらい田舎でした』


『え? 札幌とかでやったんじゃないの?』


『いえ、安平町あびらちょうです』


『どこそこ!?』


『北海道ですよ?』


『いや、そうじゃなくて! 何、何市?』


『何市……? 勇払郡ゆうふつぐんです』


『勇払郡? 聞いたことないな……何か有名なものあんの? 名産品とか名所とか』


『名産品は馬ですね』


『馬? 馬刺しってこと?』


『そういう意味ではないです。ちなみに馬刺しは熊本の郷土料理だそうですよ』


『あれ? あたしは山梨の郷土料理だって聞いたような気がするけど』


『他にも青森県や山形県、福島県など、古くから馬の生産を行っていた地域には馬肉を生で食べる風習があるそうです』


『ほー……あんた、よく知ってんね、そういうこと。馬に興味でもあんの?』


『いえ、まったく』


『だろうと思った……それで? そういう意味じゃないってどういうこと?』


『食用の馬ではないということですね。安平町には競走馬の生産で日本一有名な牧場があるんです』


『日本一? へー、そいつはすごいけど……田舎なんだろ? その安平町って』


『はい。ド田舎です』


『そんなド田舎を舞台にしてどうすんの? 何も盗むもんなくないか。馬ぐらいしか』


『だから馬を盗むんです』


『たかが馬~? そんな価値あんの? 新車くらいじゃないの? 値段的に』


『日本ですと、近代競馬の結晶と呼ばれた馬に五十一億円のシンジケートが結ばれているそうです』


『五十一億!? あたしの年収の何十倍だよ……?』


『たかが馬以下の存在価値ですね、己己己さんは。犬畜生以下です』


『……言っとくけどあんたもだからな?』


『どうしてわかるんですか? まさか私の明細覗いてるんです?』


『それくらい予想出来るっての。売れてるつってもまだ二年目だしね。あたしとはギャラのベースが違う』


『ですが、歌の方でそれなりにもらってますよ?』


『それはあたしも一緒だってば』


『でも、己己己さんは作詞作曲してないですよね?』


『まぁね。あたしはそういうセンスないって自分でわかってるからさ……って、まさかあんた、作詞作曲自分でやってんの!?』


 今日一番の驚愕の声に、


『はい。何曲かは』


 咏ノ原さんは平然と答えてみせた。


 全部自分でやってるんだ……今年高校二年生になったばかりなのに。

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