第2話放送前記②&変わらないこと

 大音量の着信音で目を覚ます。


 まだ寝ぼけているけど、見覚えのあるポスターや飾ってあるフィギュアから、ここが私の部屋であることは間違いない。そして、このアホみたいに大きな音を出しながら震えているスマホも私、木下静きのしたしずかの所有物で間違いない。


 ああ、私、うたた寝してたんだ。パソコンの前で。


 現状を認識していると、着信画面にはデカデカと店長の名前。店長から電話があるときは十中八九、バイトに臨時で出られないかという相談の電話だ。


 面倒くさいなぁ。電話に出ると長いんだよねぇ、断っても。居留守?を決め込むことにしよう。


 ……あ。そういえば。


 今何時なのだろうと画面の上の方を確認する。そして、一瞬心臓が止まった。


 時刻は二十二時五十八分。


 そして、私の記憶が正しければ。今日は[声春せいしゅんラジオ]がある日だ。


 危なっ!? もう少しで寝過ごすところ! ……そうだ、確か私、ラジオが始まるのを待ってたんだった。


 ……ありがとう店長。


 心の中で感謝を述べる。私は電源を切ってからスマホをベッドの上に放り投げ、ヘッドホンを頭に装着するのだった。



―――――――――――――――――――――――――――――――――


『えー、本日も始まったんだけどね、今日はまだあたし一人』


 あれ? 姉御一人? そういえばこの間もそんなことがあったような……。


『まぁまぁ、エイプリルフールでもね、あたし一人で始まったんだけども、今日はね、今日はそういうんじゃなくて、逆にあたしがあいつをサプライズに嵌めてやろうと。前回あたしを嵌めやがったアホの作家と結託してね、実は収録の開始を二時間前倒ししてます。清恵には内緒で』


 意外と根に持つなぁ、姉御。


 結婚して声優を辞めるという、咏ノ原さんのドッキリに引っかかったときの姉御は凄かった。普段のサバサバした男らしい態度からは想像出来ないほど、駄々っ子のように咏ノ原さんを引き留め。私たちファンは、あのエイプリルフール回を神回と呼んでいる。


『いつも清恵はかなり早くスタジオに来るんだけどね、色々メールとか読んだりするから。そんなね、今日のラジオで何話そっかなーみたいなことを考えながらスタジオに行ったにもかかわらず、既に収録が始まってたとしたら、あいつはどんな反応をするのかっていうドッキリ』


 うわぁ……地味だけど凄いイヤなドッキリだ。私だったら時計も見ずに取りあえず必死に謝る。自分が悪いかはともかくとして。


『まぁ、そのくだらないドッキリとは別に、本当にサプライズな発表もあるんだけど……それはまぁ、おいおいってことで』


 そんなわけで姉御の一人ラジオが始まったのだけど、今日の姉御はどこか機嫌がよかった。咏ノ原さんに仕返しするのがそんなに楽しいのかな?


 メール主体の一人しゃべりが十五分ほど続くと、空気が外に逃げていく音がして、その後、何かを閉めたような音が聞こえた。


『……どうしてもう収録が始まっているんです?』


 疑問を投げかける淡々とした声。それは間違いなく、もう一人のパーソナリティ・咏ノ原清恵さんの声だった。


 咏ノ原さん来るの早いなぁ……いつもこれくらい前にブースの方に来てるんだ。


 さて、姉御はどうするのだろう。


『……どうしてじゃねーよ! 今日はいつもより早く収録するって言っただろうが。重大発表があるからって』


『言ってましたか? 私は聞いた覚えがないです』


『言ってたわ! マネージャーから電話もきてるから』


『本当です? 青木さん、電話しました?』


『したよなー! 青木? したよな? な! な! したよな、青木? あ、ほら、頷いた。青木、電話したってさ』


 どうやら姉御は声の圧でブース外のマネージャーを頷かせたらしい。伊達にキャリアは長くない。


『電話があった覚えはないですが……わかりました。以後気をつけます』


 咏ノ原さんの声はいつも通り淡々としていたが、どこか釈然としていない感じが混じっていた。そりゃあそうだろう。本当は咏ノ原さんが正しいんだから。


『次からは気をつけろよ?』


『……はい』


『まったく、これだから女子高生は……って、あれ? あんた手に何提げてんの? その紙袋』


『これです?』


 ガサゴソとノイズが入る。


己己己きなこさんに渡そうと持ってきたんです』


『あたしに?』


『先にお渡ししようと思い、お家の方を伺ってから来たのですが……』


『え? そうだったの?』


『はい。イベントで行っていた北海道のお土産です』


『あ、ほんと。悪いねー』


『いえ。先日のお誕生日に何もして差し上げられなかったので。それに、直接おめでとうって言って差し上げたかったので。お誕生日おめでとうございます』


 なるほど。今日の姉御はどこか嬉しそうだと思ったけど、そういうことか。姉御の誕生日は先週の金曜日。今はもう一週間経ってしまっているが、声春ラジオの収録は月曜日。つまり誕生日からまだ三日しか経っていない。


『あいあい。ありがとさん。何かもらってばっかだなぁ……わかった! さては清恵、お返しを期待してるな?』


『もらってばかり……? 一体何の話です?』


『いいって、いいって。しらばっくれなくても。誕生日いつだっけ、あんた』


『……十月五日です』


『十月の五日か……えーと、十月十日とつきとおかだから……クリスマスベイビーってことか』


『WHOの基準に照らし合わせると受精から二百六十六日前後と言われていますけどね』


『へー、そいつは知らなんだ。ん? そういえば清恵が生まれたのってあんたのお母さんが十五のときだっけ?』


『はい』


『つーことは……やれやれ、性の乱れってやつ? 世も末だね、ほんと』


『まったくですね。三十二で未婚の方もいるというのに』


『……う、うるさいな! さっさとタイトルコールいくぞ!』


 声の大きさで話をうやむやにすると、姉御は矢継ぎ早に番組のタイトルを言い始め、それに咏ノ原さんが合わせる。


『わたしと!』


『あなたの?』


『『声春ラジオ!?』』


 いつも通り二人のタイトルコール。番組開始から一年以上経つが、二人の噛み合っているようで噛み合わないトークは今も変わらない。


 ……というか姉御、いつになったらドッキリだってネタばらしするんだろう。これじゃ、ドッキリになっていないような……。

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