わたしと!あなたの?声春ラジオ!?② ~怪盗M●Xコーヒーと猫の歌~
第1話放送前記①
四月の終わり。まだ地面に残っていたしぶとい桜の花びらを避けながら歩く。
あたし、
今日はあたしの誕生日。歳がまた一つ増えてしまったので、それ自体は嬉しくない。むしろ若干凹む。最近は母親が「己己己はいい人いないの?」と五月蠅いから。いたら既に結婚している……はず。いや、やっぱり無理か。
ともかく。歳を取ることが好ましくないとはいえ、誰かに祝ってもらうのは嬉しい。今日は早めに収録が終わると、サプライズでケーキがプレゼントされ、そのまま飲み会へと発展した。少し飲み過ぎたのか、酔っ払っている自覚はある。影の薄い主人公からモノローグを奪ってしまうくらいには酔っている……って、何言っているんだあたしは?
「……もう十時か」
時間を確認する為にスマホの画面を見て、小さなため息を漏らす。夕方四時くらいから飲み始めたから、五時間以上ドンチャン騒ぎをしていたことになるのか。
「時間ヤバいかもな」
別にそこまで遅い時間ではなかった。大体、あたし明日午前中オフだ。問題はあたしではなく、あたしの家に来ているだろう未成年。
一年前から一緒にラジオをやっている
何を考えているのかわからなくて、空気を読もうともしない素直過ぎる高校生。
冷静に考えれば面倒なやつだと思うが、不思議とつるむようになっていた。どうしてそうなったのかは覚えていない。ただ、一つ確かなのは、週に何度か清恵が家に来るようになったということだ。親子ほど歳が離れているというのに。実際、あいつのお母さんと同じ年齢だし。
確か今日は清恵が家に来ることになっていた。約束をしているわけではないが、毎週この曜日はあたしより早く家に来て、勝手に家の中で待っているのだ。合い鍵を使って。
今日はあたしの誕生日。まず来ていると考えて間違いないだろう。料理上手の清恵のことだからご馳走を用意しているに違いない。
「……今日は泊まりかな」
エレベーターに乗りながらポツリと漏らす。清恵と一緒にいると、どこか達観しているので忘れてしまいそうになるが、あいつは未成年だ。これから一人で帰らせるなんて危なくて出来ない。車で送ろうにも今日のあたしはアルコールまみれだし。
まぁ、いいか。明日、午前中オフだし。あいつも明日は土曜日だから学校ないだろうし。仕事はわからないけど。
アルコールによりお花畑な頭で適当に考えながら、自宅のドアに手を伸ばす。
「ただいまー……って、あれ?」
玄関に足を踏み入れた瞬間に違和感があった。
靴がない。
あたしのではなく、清恵の靴が。
あいつが置きっ放しにしている靴はあるが、今日履いてきた分の靴がないのだ。
いくら清恵が変わりものだからといって、裸足で来るはずがない。何だかんだであいつは常識人だ。融通は利かないが。
帰ったのかな……とも思ったが、油断するのはまだ早い。あたしはついこの間のエイプリルフールで清恵に騙されたばかりだ。あいつがあれに味をしめて、あたしを驚かせようと靴を隠して待機している可能性も0ではない。
あくまでも自然を装いながら、全神経を集中させて廊下を歩く。どのタイミングでどこから清恵が出てきても、平然とした態度で「ああ、知ってたよ」と返す為に。
「清恵ー?」
まず、リビングに足を踏み入れる。……ここにはいないか。
次に寝室を探す。ベッドやクローゼットの中も入念に探すが、清恵の姿は見当たらない。
次は和室。ここはそもそも物が少ないから、ふすまを開けて入った時点で誰もいないことがわかる。
その他にもお風呂場やベランダを覗いたり、帰宅してから五分ほど清恵の姿を探したが、結局清恵の姿は何処にも見つからなかった。
「あれ……? 今日、来る日だよな」
流石に曜日を間違えるほどアルコール漬けになってはいない。
思わず首を傾げる。
すると、食卓の上に書き置きの手紙を見つけた。パソコンで打ったんじゃないかってくらい無機質で可愛げのない字。それは紛れもなく清恵の字だった。
「えーと、何々……明日のイベントの為に前日入りしなくてはならないので、今日は料理だけ作って帰らせていただきます。タッパーに小分けしたものを冷蔵庫に入れておいたので、温めてお召し上がり下さい。ちゃんと茸も食べて下さいね?……か」
そういえば、あいつ北海道の方に呼ばれたって言ってたっけ? いつあるか聞くの忘れてたけど。
この手紙によって清恵の不在が確定したわけだけど、少しだけ面白くない。
別にあいつが帰ってしまったことに不満があるわけじゃない。あたしだっていい歳だから、スケジュールに穴を空けるわけにはいかないってこともわかってる。そんなことしたら、どんな売れっ子だろうと例外なく干されてしまう。声優業界は信用が第一だ。
不満なのは清恵の不在ではなく、あいつが残していった書き置きの文面だ。
おめでとうの言葉がないどころか、あたしの誕生日に一文字も触れていない。
もしかしたら急いでいたのかもしれないけど……それはそれで、何でも涼しい顔して済ますあいつらしくないっていうか。
何を作っていったのか冷蔵庫を開けて確認してみるが、透明のタッパーに入っているのは、八宝菜やカレー、エリンギの炒め物等……全然誕生日らしくない料理ばかり。
お菓子作りが得意な清恵なら、ケーキの一つでも焼いていても不思議じゃないのに、冷蔵庫に甘いものは何もなかった。
あれ? ……ひょっとしてあいつ、あたしの誕生日だってわかってない?
まさかの可能性にドッと疲れを感じる。
誕生日の夜に部屋で一人きり。こんなことなら朝までみんなと飲んでくればよかったなぁ。
お酒を飲んでいるからか。それとも三十歳を超え、女として若くなくなったからか。あたしは少しだけ寂しいと思ってしまった。
今から後輩を呼び出して飲みに行くのもなぁ。……仕方ないからテレビでも見ようかね。
冷蔵庫から発泡酒のロング缶を二本取りだし、ソファーに腰掛ける。リモコンで液晶テレビの電源を入れると固っ苦しいニュース番組が画面に映った。
ニュースって気分じゃあない。
何か面白い番組でもやってないかとチャンネルを次々変えるも、あるチャンネルはホラー系の映画だったり、あるチャンネルは救命病棟のドキュメンタリーだったり、あるチャンネルは大人の恋愛ものドラマだったり……あたしの見たい種類の番組はどこにも流れていなかった。
あーもう、違うんだよなー。もっとドンチャン騒ぎしてるアホみたいな番組やってないのかよ。
もしかしたらあたしは拗ねているのかもしれない。
三十過ぎのいい大人が。
十代の女の子のせいで。
……こうなったらふて寝でもしてやる。
テレビをつけたまま、ソファーに仰向けに寝転ぶ。すると。何かが後頭部に当たった。
「ん?」
上体を反らして、見上げるように自分の頭に当たったものを確認すると、いつも清恵が座っている、ソファーの端の方に長方形の小さな箱を見つけた。鮮やかな包装紙と赤いリボンで綺麗にラッピングされたその箱は、いかにもプレゼントという見た目をしている。
「なんだこれ?」
起き上がり、その箱を膝の上に置く。リボンと箱の間に何やらカードが挟まっていたので、抜き取って裏返すと、そこには[HappyBirthday]の文字が印刷されていた。
今日の飲み会で誕生日プレゼントをいくつかもらったけど、まだ鞄の中から出していない。それにあたしはこんなところに何かを置いた覚えはない。
ということは……泥棒でもない限り、この家に入れるのは清恵しかいない。
「……なんだよあいつ。ちゃんと誕生日だってわかってんじゃん」
ぶつぶつと文句をこぼしながら、顔が勝手にニヤけてしまうのを抑えつつ、あたしは丁寧にリボンを解いた。
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