第11話クリスマスは赤くも白くもない
『もう今年も終わりかぁ……』
『まだ十日くらいありますけどね』
『ばーか。これ放送日クリスマスだぞ? リスナーにとっては一週間切ってるわけだ』
『そう言われると確かにすぐな気がします』
『毎年この時期は忙しくってバタバタしてるよ……キリストももうちょい考えて生まれてきて欲しかったね』
『十月くらいに生まれたという説もあるそうですよ?』
『十月~? それもちょっとなぁ、文化祭のトークイベントとかで忙しいし』
『八月なんてどうです?』
『その辺は夏フェスがあるからなぁ……六月は? ちょっとジメジメしてるけど』
『悪くないですね。六月は暦的にも大きなイベントないですし』
敬虔なキリスト教徒が聞いていたら憤死しそうなくらい罰当たりな会話である。
『
『あれ? あんたはどっかの年越し出ないの?』
『私、未成年ですので』
『ほー、もったいないねぇ。今年あんだけアニメ出たのに』
『ギャラが安いおかげですけどね』
声優だけの話ではないが、多くの若手のギャラは安い。だからこそ使われる。それを見てゴリ押しだと言う人もいるだろうが、事務所が力を入れている以外にも人気がある若手に仕事が集まる理由はあるのだ。
『まぁ、そう卑下するなって。正直な話、そこらの中堅より実力はあるんだから』
『別に卑下はしてません。自分に実力があることはよくわかっていますから』
『ただ、叫び声になるとまだまだだけどな』
『そうですか?』
『声を張り上げると素の
『私が現実の世界で声を張り上げているのを見たことがあるんです?』
『そういう話じゃなくてだなぁ……キャラの声じゃなくなっちゃうってこと。キャラソンとかはしっかりそのキャラで出来てると思うけどね』
『己己己さん……』
意外だったかのように
『なんだよ、あたしだってちゃんとアドバイスしたり褒めたりはするぞ?』
『いえ、そうではなくてキャラソンまで聴いていただいているんだなと思いまして』
『へ? いや!? あれだよ! マネージャーがあんたにアドバイスしてくれって言ってきたからさ!』
『青木さんが?』
『そ、そう! CDを渡されたんだよ! あたしも先輩として断るわけにもいかないじゃん?』
『そうなんですか』
咏ノ原さんは納得するが、姉御の焦り方からいって真実は別にあるとみた。
『……もう一つアドバイスをいただいてもよろしいですか?』
『ん? 別にいいけど……』
不思議そうに姉御は承諾するが、咏ノ原さんが自ら助言を乞うなんて
『最近、同じような役ばかり回ってくるようになってしまったんです』
『あー、ひょっとしてデコポンみたいなキャラってこと?』
『はい』
『なるほどねぇ……』
デコポンというのは夏に大流行した学園ものアニメで、咏ノ原さんが演じた役のことだ。いわゆるツンデレな後輩キャラだが、ヒロインの為に身をひく健気さから一番の人気キャラへと化けていた。ちなみに本名は
『言いたいことはよくわかるけどねぇ……あたしも当たりのキャラをもらったときは似たようなキャラが増えたし』
『己己己さんもですか?』
『ああ。まぁ、嬉しくもあるけどね。こういう役ならこの人って感じであたしの声を求めてもらってるわけだし』
『それは……そうですが。もちろん、いただいたお仕事に文句は言いませんし、全力で臨んでいるつもりです……ですが、役者としてはやっぱり色んな役を演じたいと思ってしまいます』
『贅沢な奴だな、ほんと。実力はあるけど当たり役に巡り会えない声優なんてごまんといるのに……大丈夫だ。現場とかオーディションで演技に幅があることを見せつければいい』
『それで大丈夫なんです?』
『ああ、今のあたしがその証拠さ』
ある程度演じるキャラクターの傾向が固定されてしまう声優業界で、姉御は異質とも言えるくらい多種多様なキャラクターを演じている。スタッフロールで初めて姉御の存在に気づくことも少なくないのだが……、
『つまり己己己さんのようになるということですか?』
『ああ』
『便利屋さん扱いはちょっと……』
『おい!』
咏ノ原さんが言うように配役に困ったら姉御が使われる風潮もあった。
『クリスマスの話っていつまで信じてた?』
『クリスマス……?』
『あたしは結構早かったよ。いないって気づくの』
『え? 何言ってるんです? いるじゃないですか』
『は? あ、ひょっとしてまだ信じてんの? 高校生にもなって?』
『信じるも何も現実にいるじゃないですか。見たことないんです?』
『はぁ? ……もしかしてあたしのこと担ごうとしてる?』
『どうして私が嘘をつかなければならないんですか……』
『……確かに。清恵、嘘つくの下手そうだもんね』
『そもそも嘘をつく必要がないと思っていますから。一度も嘘をついたことはないです』
『ま、あんたぐらい素直な生き方をしてれば嘘も必要ないか……ってことは本気でいるって言ってんの?』
『はい』
『ほんとかよ、知らなかったわ……』
何やら話の雲行きが怪しい。咏ノ原さんはサンタクロースの存在を信じるフリをしてぶりっ子アピールするような人ではないし、常識を知らないわけでもない……いや、所々おかしいけど。断言する咏ノ原さんの声にはブレがなかった。
『ちなみにどの辺にいるの?』
『近くですと多摩の方にいるとか』
『え、日本にいるの?』
『はい。基本的には北極圏周辺にいるみたいですが』
『ああ、まぁ、それならイメージ通りだわ。やっぱり、あれなの? 白いアゴ髭があるの?』
『そうですね。白くないのもいるそうですが』
『ん? 白くないのもいるってことは一杯いるってこと?』
『そんなに一杯はいないと思います』
一言一言に驚く姉御と淡々とした咏ノ原さん。二人の間には明確に温度差があり、噛み合っていなかった。
『はー、まぁ、そうだよな。一杯いないとクリスマスの時期大変だもんね。普段は何やってるの?』
『普段です?』
『クリスマス以外のとき。仕事とかさ』
『詳しくはわかりませんが仕事は性別によって違うと思います』
『え!? 女の子もいるってこと?』
『いるに決まっています。どうやって子孫を残すと思ってるんですか』
『あー……そっか。流石にいつもクリスマスの赤い格好ではないんでしょ?』
『基本的に何も着ていないと思いますよ?』
『裸族ってこと!? 警察に捕まっちゃうじゃん!』
『捕まるとしたら警察ではなくハンターではないですか?』
『ハンター!? プレゼントを強奪して売り飛ばそうとする奴がいるってこと?』
『……? さっきから何言ってるんです? トナカイの話じゃないんですか?』
あー、トナカイの話か。ビックリしたけどそうだよね、咏ノ原さんがサンタクロースを信じているはずないもん。多摩にいるっていうのは多摩動物公園のことかな。しかしクリスマスの話題でサンタクロースより先にトナカイが浮かぶ辺り、咏ノ原さんはずれていた。
『あ、何だよ、トナカイの話かよ』
『はい』
『あたしはてっきりサンタの……って、トナカイってほんとにいるの!?』
姉御!?
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