第10話呆れるほど秋
『
『何さ?』
『ここに置いてあったんですけど、今月のブック見ましたか?』
『いんや、まだ』
ブックとは声優やアニメの情報が載った老舗情報誌[声優ブック]のことだ。ブックというと競馬ブックの方が有名だが、声優ブックとは何の関係もないはず。
『色々ランキングにしているコーナーに己己己さんの名前出てましたよ』
『ランキング~? あたしそういうの嫌いなんだよね。読者アンケートの奴でしょ?』
『そうですが。どうして嫌いなんです?』
『だって、あんなのただの人気投票じゃんほとんど。ランキングのお題関係なく』
『まぁ、マイナーな方はそもそも名前が出てきませんしね』
『そういうこと』
文句を言いながらも、マイクはパラパラと雑誌を捲る音を捉えていた。
『えーと……声優以外の仕事でも上手くいきそうな声優ランキングで女の三位か』
『バリバリのキャリアウーマンになりそう、スーツを着ていることが多いのでサラリーマンが似合いそう、とのことです』
『ははーん。わかるようなわからないような』
『サラリーマンが似合いそうなことと、声優以外の仕事でも上手くいきそうなこととの因果関係がわかりませんね。魔法使いのコスプレが似合うから魔法が扱えるって言っているようなものです』
『そうか……? でも、あたしは自分でサラリーマン向いてないと思うね』
『どうしてですか?』
『上司にペコペコすんの嫌いだし、後輩を指導するのも苦手だし。何より自分のせいで会社に迷惑とかかけるのイヤだしね。だからやるんなら自営業じゃないかな』
『なるほど、己己己さんらしいです』
姉御はスーツを着ているから、確かにサラリーマンが似合いそうだ。でも、目立ちたがりなところがあるから普通の会社は向かないんだろうなぁ。
『続いて、料理が上手そうな声優ランキングでワースト一位ですね』
『これはまぁ有名だからな』
『初めて己己己さんの家にお邪魔したときは立派なキッチンがあるのに調理器具が何もなかったのでビックリしました』
『だって無駄じゃん。家じゃ弁当温めるのにレンジを使うぐらいしかしないし』
『今では私のフライパンとか置いてありますけどね』
『何かイヤな言い方だな……歯ブラシ置いてある的な。あらぬ噂が流れそうだ』
『一緒に暮らしてはいませんが、己己己さんの家にお邪魔すると私がいつも料理を作っています』
『
『どうなんでしょうか。私は自主的に料理の勉強をしていますが』
『料理するの好きなんだ?』
『そういうわけではないですが、自分で美味しい料理が作れたら楽じゃないですか、わざわざお店に食べに行くより。己己己さんはどうして料理をしないんですか?』
『あたしはあんたと逆かな。自分で作るくらいだったら、お金出して作ってもらったもんを食べた方が楽だと思ってるからさ』
『でも、私は己己己さんからお金払ってもらってないですよ?』
『悪かったね……洗い物は手伝ってるんだから勘弁しとくれ』
『構いません。私も不味いものを食べるより自分で作った方がいいと思ってますから』
『ほんとに遠慮がないねあんたは』
ちなみに後日ブックを確認してみたところ、
『最近忙しそうですよね、声優の皆さん』
『まぁ、稼ぎ時だからな』
『そうなんです?』
『文化祭のシーズンだろ? あちこちの大学からトークイベントのお誘いが届くってわけ』
『ああ、この間己己己さんがTwitterに大学の写真を載せていると思ったらそういうことだったんですね』
『清恵はどっかの大学行かないの?』
『私は自分の学校の文化祭があるので』
『そっか、あんた学生だもんね』
『仕事と被ってしまって、あまり準備には参加出来ていませんけど』
『勿体ないねぇ。ああいうのは本番より準備の方が楽しいのに』
『そういうものなんです?』
『ああ。私も学生のときはさ、友達と一緒に遅くまで学校に残ってダラダラと準備をしたもんだよ』
昔を懐かしむようにしみじみと語ると、姉御は何かに気づいたように『……あ』と言った。
『ねぇ、失礼なことだとは思うんだけどさ……あんたって友達いるの?』
『……? 己己己さんは友達じゃないんです?』
『いやいや、そうじゃなくて。学校の友達』
『……どうなんでしょうか?』
『何だ? 曖昧な返事だな。答えたくないってこと?』
『違います。そもそも友達の定義がわからないので』
『うわ、めんどくさ』
『挨拶を交わすくらいで友達だとするならほぼ全ての知人が友達ということになりますが、家に遊びに行ったことがあれば友達だと言うのなら同級生にはいないですね』
『うーん……じゃあ、二回以上一緒に遊びに行ったことがあれば友達』
『それでしたら十人くらいでしょうか』
『ほんとかよ? ちょっと意外だな』
『皆さんにはよくしてもらっていますよ。仕事で学校を休んだときのノートを見せてもらったり』
『勉強か……そういやスタジオでもたまに見てるよね、教科書とか参考書とか』
『期末テストが近いので』
『あれ? そうなの? この間夏休みが終わったばっかなのに?』
『二学期制なので期末テストは夏休み明けに行うんです』
『大変だねぇ、夏休み明けにテストとか。休み中も気が抜けないじゃん。ところで清恵は勉強出来るんだっけ?』
『クラスでは一番成績がいいですね』
『へー、すごいじゃん』
『というより私の周りのレベルが低いんです』
『ノートを見せてもらってるのによくもまぁ……あんたはほんとに正直者だねぇ』
『クラスの方にもよくそう言って褒められます』
『褒めてるんじゃなくて多分皮肉だぞ、それ』
『皮肉……?』
心当たりがないかの如く、不思議そうに声を出す辺り咏ノ原さんは本当に素直だ。
『己己己さんは勉強出来た方なんです?』
『あ、ひょっとしてあたしのこと馬鹿だと思ってるだろ?』
『はい』
『この野郎……! こう見えてもテストの出来はよかったんだぞ?』
『意外ですね、見直しました』
『まぁ、授業態度悪かったから成績は並だったけどな』
『予想通りですね、見直しました』
『それって元の評価に戻ったってことか……?』
『己己己さんは何の科目が得意だったんですか?』
『日本史とか文系科目かなぁ。逆に数学とかはサッパリだった』
『語呂合わせとか好きそうですもんね』
『好きだったねー。
『……なるほど、やっぱり己己己さんはそれで教わっていたのですね』
『どういうこと?』
『最近の研究で違う説が有力になり、現在では別ので習ってるんです』
『え!? そうなの!?』
『はい。よくあることみたいですよ』
『うわぁ……ショックだわ。今はいい国作ろう何幕府なの? 小田原?』
『いえ、そっちの話ではないです』
『じゃあ横浜辺り?』
『……やれやれですね』
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