第9話それなりに暑い日

 ある夏の日の声春ラジオは姉御の気怠げな声で始まった。


『……はい。今週も始まりました……声春せいしゅんラジオ……己己己己己己己いえしききなこです……』


『同じくパーソナリティの咏ノ原清恵うたのはらきよえです。どうしたんです? もう本番始まっていますが』


『……それはわかってるんだけどさ……ここに来るまででもう疲れちゃったよ……暑すぎだろ最近……』


『そうです? 私は暑いの得意なので大丈夫です』


『確かに汗かいてるところって見たことないかも……でも、ちょっと意外』


『何がですか?』


『いや、だってさ、どっちかって言うと暑さに弱そうだと思ってたから。あんた、色白いしね』


『そんなに白いです?』


 自分では自覚がないのか咏ノ原さんは尋ねるが、私のベッドの脇に置いてあるアニメ情報誌の表紙に写った彼女はライトを加味しても白かった。肌が白いと言っても青白いわけではなく、若々しい艶がある健康的な白さだった。


『白いね。あんたのお母さんも白かったけど』


『なら、遺伝ですね。私は日焼けしにくいのかもしれません』


『外に出てないだけじゃないの?』


『そんなことないです。どちらかというとアウトドア派ですから』


『そうなの? インドア派だと思ってたわ』


『最近はよく己己己きなこさんの家に遊びに行ってますしね』


『おいぃ!? ちょっと待てばか!』


『どうしたんです?』


『どうしてあたしの家に遊びに来てるとかラジオで言っちゃうわけ? あんたとあたしが仲いいみたい思われるじゃん!』


『仲悪いんですか?』


『そうじゃないけど! そうじゃないけど、あたしとあんたが色々交友あるってリスナーが知ったら、親子みたいで微笑ましいとか思われそうじゃん』


『私は気にしませんよ?』


『あたしが気にするの!』


 姉妹と勘違いされるのはいいけど、親子はなぁ。姉御、未婚だし。


『だいたい、あたしの家に遊びに来てるからアウトドア派ってなんだよ? あたしんちはキャンプ場か』


『マンションですよ? 2LDKの』


『知ってるから! 清恵よりよく知ってるから! というかサラッと間取りをバラすなよ! そうじゃなくて、あたしの家に遊びに来るのとアウトドア派の因果関係がわからないって話。どっちかって言うとインドア派じゃない?』


『私は自分の家の外に出てますよ?』


『でも、結局あたしの家にインドアしてんじゃん』


『じゃあ己己己さんの家に行くまでがアウトドアで、家に着いてからはインドアってことでいいんじゃないです?』


『いや、そんなこと言い出したら引きこもり以外は全員アウトドア派になっちゃうだろ……』


 呆れたように姉御は言うけど、寝てる時間を考えれば結局インドア派になるんじゃないかと思ったり思わなかったり。


『己己己さんは海とプールどちらが好きですか?』


『あたしはプールだね』


『どうしてです?』


『だって海って泳ぐと髪とかめっちゃベタつくじゃん。清恵は?』


『私は海の方が好きですね』


『どうして?』


『風が気持ちいいじゃないですか』


『ああ、なるほどね。あたしも入らないんなら海は嫌いじゃないかな』


『己己己さんは水着似合いそうですよね』


『そうかね?』


『はい、無駄にスタイルがよろしいので』


『無駄とか言うなし。まぁ、確かに見せる相手はいないんだけどさ』


『雑誌で水着のグラビアをやられてはいかがです?』


『ヤだよ、恥ずかしい』


『需要はあると思いますが』


『いやいや、いい歳して流石にキツいでしょ。そう言う清恵だって水着の仕事はしてないじゃん』


『私は事務所からNGが出ていますので』


『あ、そうなんだ』


『仕事の依頼自体は来ているのですが……私の身体なんて見て面白いでしょうか? 私が男性でしたら己己己さんのように起伏に富んだ女性を見たいと思いますが』


 自分で言うように咏ノ原さんの胸は豊満とは言えなかった。どちらかというと絶壁に近かい。まだ高校生だからとも言えるが、最近の発育が進んでいる高校生にしてはなさ過ぎる。


『ばーか。世の中には未成熟な身体の方がいいって輩もいるんだよ』


『それは私も聞いてはいますが……でも』


『ん? 何か引っかかるものでもあるわけ?』


『胸が小さな女性を未成熟というのはいかがなものでしょうか?』


『ああ、欠陥品みたいな言い方が嫌ってことね』


『そうではありません。胸の大小ってトマトとプチトマトの関係だと思うんです』


『は?』


 相も変わらず。咏ノ原さんは突拍子もないことを淡々と話す。


『普通のトマトとプチトマトを見比べて、プチトマトの方は小っちゃいから未成熟だ、なんて言いませんよね? 普通』


『んー、まぁ言わないわな』


『トマトもプチトマトも未成熟なものは青くて固いです』


『……つまり大きさじゃなくて感触で判断しろってこと?』


『そうです』


『はー、なるほどねぇ』


 共感したかのように声を漏らす。確かに若い子の方が張りがあって固いような気がするので、あながち間違っているわけではないと思う。


『でもさー、それってちょっと残酷じゃない?』


『どういう意味です?』


『だってさ、品種が違うって言ってるわけだろ?』


『はい』


『つまり、プチトマトはトマトになれないって言ってるわけじゃん。それってこれから大きなトマトになれるかもって思ってるプチトマトを絶望の淵に叩き落とすことにならないか?』


『……? 私はプチトマト好きですよ? 小っちゃくて可愛いですし』


『いや、まぁ清恵はそうかもしれないけどさ』


『それに最近はフルーツみたいに甘いものもあるので。普通のトマトは皮がちょっと苦手です』


『何でほんとのトマトの話になってんの……?』


『何を言ってるんです?』


『あたしが聞きてぇよ』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る