第6話初回放送⑥
『清恵さ、この番組どれくらい続けたい?』
『どれくらい……取りあえず季節のイベントは一通りこなしたいですね』
『何? じゃ、一年で終わっちゃっていいってこと? あんた夢がないねぇ』
『そんなことないです。ギャラが出る限りは続いて欲しいと思ってますよ?』
『ほんとにあんたは夢がないねぇ……』
『そう言う
『あたし? そうだなぁ……ラジオっていうのは急に終わることもあるからねぇ。あたしは正直、他にもレギュラー一杯あるから休みが欲しいくらいなんだけど……そうだなぁ、あんたが一人前になるまでかな? このまま放っとくのは事務所の先輩として心配だし』
『己己己さん……それじゃ今日で終わりですね』
『おい!? 人の話聞いてた!?』
『聞いていましたよ? 話している人の話を聞くのはマナーじゃないですか』
『聞いてたんなら何でそうなるんだよ!?』
『だって私もう一人前ですし』
『あんたねぇ……そういうところが心配なんだよ。ブログとかすぐに炎上しそうなタイプって奴? 若いんだから、適当な目標を作ってそれにむかって頑張ってりゃいいんだよ』
『目標、ですか……?』
『そ。何かないの?』
姉御の問いに返ってきたのは悩ましげな吐息。
『……思いつきません。己己己さんはあるんです?』
『あるよ。とりあえず今年の目標は早口言葉かな』
『早口言葉ですか? どうしてまた』
『いやー、今度収録始まるアニメがさ、ちょっと早口言葉っぽい台詞がある役だから。あたし、実はあんま得意じゃないんだよね、早口言葉』
『どんな台詞があるんです?』
『えーと……こ・き・く・くる・くれ・こよ、とか』
『それって早口言葉ではなくカ行変格活用じゃないですか?』
『そう、それ。いわゆるカ変て奴。懐かしいなぁ』
『私はそこまで懐かしく感じませんけどね』
あったあった。私は古文大っ嫌いだったから余計覚えている。トラウマ的な意味で。
『でも、何でカ変とサ変はあるのにア変はないんだろうね』
『それは単純にそういう活用をする動詞がないからでは?』
『いや、それはわかるんだけどさ。カ変とサ変があるんならア変だってあってもいいじゃん。ア・カ・サだし』
『……仮にあったとしたらどのように活用するんです?』
『んー……あ・い・い・あう・あう・あー、みたいな?』
『ケシの花でもやっているんですか?』
それはアヘン違いじゃ……。
『ところで台本を読んでて思ったのですが、この番組、コーナーって何もないんです?』
『リスナーから応募するんだとさ。どんだけ作家は楽したいんだか』
『己己己さんはどんなコーナーがしたいですか?』
『うーん……楽な奴がいいかな』
『己己己さんも人のこと言えないじゃないですか』
『だってさー、どうせ無茶なことやらされるんだよ? あたし』
『確かに己己己さんのラジオは無茶なことをすることが多いですね』
『あたしのラジオってより声優のラジオあるあるだね。無茶なことやれば面白いんじゃないの?っていうワンパターンで安易な発想。これも作家が楽したいだけだね』
『……言われてみればそうかもしれません』
『声優なのにこんな無茶なことやってるとか、声優なのに面白いとか……評価されたとしても絶対に声優なのにって枕詞がつく。あたしは嫌いだね。それって普通声優は面白くない存在だって言ってるみたいじゃん』
『たまに芸人ばりに面白いと持て囃される方もいますね』
『あれもあたしは好きじゃない。どうせお笑い芸人さんのことを指してるんだろうけど、あたしらもれっきとした芸人だからね』
『そうですね。色んな声を出すのを生業にしているわけですし』
『だろー? やっぱり自分の仕事にゃ誇りを持たなきゃダメだよ、声優だろうと何だろうと』
『プロ意識が高いですね、己己己さんは』
『ま、伊達に二十五年も芸能界にいないわな』
私は個人的に姉御の一番の魅力はプロ意識の高さだと思っている。口では仕事を休ませろと言っても、実際に穴を空けることはなく。ファンのことをラジオで口汚く罵ったとしても、握手会やサイン会を頻繁に開いてくれる。そんな責任感があり、気配りの出来る姉御だから私は好きなんだ。そんなことを言ったら姉御は「は!? ファンなんかいらないし! ファンレターとか、あたし、読まないで照明代わりに燃やしてるから!」って言いそうだけど。
『そういえば声優のラジオあるあるで思いついたものが一つあるんですが』
『お、何々? 言ってみな』
『こんな滅茶苦茶な番組他にはない的なことをどの番組でも言う』
『……あるな』
『己己己さんもよく仰ってますよね』
『これはあれだ、アピールだよ、アピール』
『スポンサーへの頑張ってますアピールです?』
『違う違う。リスナーに向けてのアピール』
『リスナーさんに向けて?』
『そう。あいつらバカだからさ、すごいことやってますよーって言やぁ勝手に面白いと思ってくれんのよ』
『酷い言いぐさですね。私たちの大事なお財布に対して』
『お前の言いぐさもよっぽどあれだぞ……大体、あたしは親しみを込めて言ってるから。あたしのラジオのリスナーはみんなそれくらいよくわかってるからいいんだよ』
『私も親しみを込めて言ってますよ? リスナーさんに自覚があるかわかりませんが』
『ほんと、先が思いやられるわ……』
今日何度目かわからないため息を姉御はつくのだった。
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