第5話初回放送⑤

『そういえば、あんたアニメの仕事とかもう決まってるの?』


『何本か収録してます。あと今度のオーディションで主役になる予定です』


『随分と自信があるな。あれか、出来レースって奴か』


『そうではないです』


『じゃあ何で主役になるって言い切れるんだよ?』


『私、自分で言うのも何ですが演技上手いですから』


『ほんとに自分で言うのも何だな……あんたねぇ、ちょっとプライド高すぎだって』


『そうです? 自分ではそうは思いませんが』


『取っつきにくすぎだね。新人なんだからもっとキャピキャピしてないと』


『……先ほどキャピキャピした子は苦手だって己己己きなこさん言っていませんでしたか?』


『ばか、あたしの好き嫌いとは別の問題だよ。そんなつっけんどんな態度してると反感買われるぞ? 同業者やスタッフだけじゃなくアニメ見てくれる人にも』


『でも、己己己さんだってキャピキャピはしてなくないですが?』


『あたしは何だかんだ長いからな、芸歴。それに最初の頃は一応頑張ってたぞ?』


『ファンの間では黒歴史として有名ですよね』


『うるせえよ。やっぱり、親しみがあった方がいいってことよ。多少媚びてるぐらいでちょうどいいんだよ』


『媚びる、ですか?』


『そう。試しにちょっとやってみなよ』


『試しに……?』


『そうそう。何ごとも試してみないと! それこそ新人なんだし』


『……どのようにすればいいんです?』


『どのようにって……あ、わかった! あんた、あれでしょ? あたしに見本をやらせようと思ってるでしょ? 誰がその手に乗るかっての』


『いえ。全く見たいとは思っていません』


『何でだよ!? むしろ見たいと思えよ!』


『……? 見せたいのか見せたくないのかどっちなんですか?』


『見せたくねぇよ! 見せたくねぇけど、ラジオ的にそっちの方が面白いだろ!』


『ああ、なるほど。勉強になります』


『ったく。というか、どのようにって私が見本を見せるまでの振りじゃなかったのかよ。じゃあ、何がどのようになんだよ?』


『急に媚びろと言われましても、どうすればいいかわからなくて。何か台詞とかお題はないんです?』


『台詞とかお題か……うーん、清恵は男の兄弟っている?』


『男も女もいません。一人っ子です』


『そっか。ということは彼氏の隠語に弟とか兄は使えないな』


『隠語ですか?』


『そうそう。たまにいるんだわ、明らかに彼氏と遊んでるのに弟だって言い張る奴。それも結構な頻度で。ブラコンかって話だよ。ま、みんながみんな隠語として使ってるわけじゃなさそうだけどな』


『ブラザーコンプレックスの方が一般的に見れば不味そうですが……それでどうして私に兄弟がいるか尋ねたんです?』


『いや、何て言って媚びさせようかって思ってさ。兄弟がいないんなら、お兄ちゃんとか言ってみるってどうよ? 呼び慣れてないだろうし』


『お兄ちゃんですか? 確かに一度も使ったことはないですね。男の方はお兄ちゃんて呼ばれたいものなんです?』


『どうだろうねぇ。あたし的には絶対無しかな。シスコンってのがイマイチ理解出来ないし。先輩って呼ばれる方が好きだね』


『……それは私に先輩って呼んで欲しいってことです?』


『いや、いい! あんたに呼ばれても敬意がないの丸わかりで嬉しくなくないから!』


『失礼なことを言いますね……じゃあ、お兄ちゃんて呼べばいいんです?』


『うーん、ただ呼ぶだけじゃ面白くないな……わかった。あたしをお兄ちゃんだと思って起こしに来て? 今、朝っていうシチュエーションで』


『己己己さんを起こす……わかりました』


『媚び媚びね、媚び媚び』


『媚び媚びですね、了解しました』


 暫しの沈黙の後、咏ノ原さんの咳払いが聞こえてきた。


『お兄ちゃん、お兄ちゃん! あれー? おねむなの? もう八時だよー? 起きてー? 学校遅刻しちゃうよー?』


 それは先ほどまでの抑揚のない落ち着いた声ではなく、紛れもない舌っ足らずな幼女だった。


『……ありだな、妹』


『え?』


『ちょ、もう一回! もう一回お兄ちゃんて呼んでみ?』


『……お兄ちゃん?』


 戸惑いながらも咏ノ原さんが再び声を作る。


『ありだな! お兄ちゃんありだわ! 大っきくなったらお兄ちゃんと結婚するって言って?』


『何でですか……?』


 困惑した様子で咏ノ原さんの声が素に戻った。


『いいから!』


『……わかりました。……あのねあのね、キヨね、大っきくなったら己己己お兄ちゃんと結婚するのー』


『あ~……するか』


『はい?』


『するか、結婚』


『頭大丈夫ですか?』

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