第4話初回放送④

『結局私が提供クレジット読みましたが、己己己きなこさんは嘘吐きなんですね。何でも任せてって仰ったのに……幻滅しました』


『ばーか。あたしをこき使おうなんて百年早いっての……あ、そだ、名前は何て呼べばいい?』


『お好きなようにどうぞ』


『何かあだ名とかってないの?』


『中学生のときはクラスにもう一人清恵さんがいたので、区別する為に原清ハラキヨって呼ばれることもありました』


『ハラキヨ、か。スケキヨみたいなあだ名だね』


『スケキヨ? 何です、それ?』


『知らない? 水の中で逆立ちして足だけ出てる奴』


『聞いたことないですね』


『やっぱ若い子は知らないのか。うーん、いいや。あたしは普通に清恵って名前で呼ぼうかな。清恵もあたしのことは名前で呼んでいいよ?』


『いえ、己己己己いえしきさんと呼ばせていただきます』


『え? 何で?』


『大先輩を名前で呼ぶなんて恐れ多いこと私には出来ません』


『ついさっきまで己己己きなこって呼んでたじゃん!?』


 放送が始まってからというもの、姉御は自分に気怖じしない咏ノ原さんに振り回され続けていた。


『しかし、名前と言やぁあれだね。この番組のタイトル、どうなのよこれ? 声春せいしゅんラジオって』


『私は悪くないと思いますよ? 声のお仕事ですし、今の季節は春ですし』


『なんだそりゃ? じゃあ季節が変わったらタイトル変えるの?』


『それも面白いかもしれませんね』


『やめとけって。コロコロ変えると覚えてもらえないから』


『なるほど、それもそうですね。勉強になります』


『あと、後ろに春がつくと何かエロくてやだな』


『……? どういうことですか?』


『ほら、ピー春とかピー春とか言うじゃん』


ピー春? ピー春? 何ですかそれ?』


『おっと、清純ぶっちゃって~。周りにもしてる子いるんじゃないの~?』


『本当にわかりません。何なんですか? ピー春て』


『え? ほんとに知らないの?』


『はい。教えて下さい』


『いや、それはダメだって』


『どうしてです? どういう意味なのか気になります』


『ダメだって。今は多分ピー音入ってるからリスナーにはわからないかもしれないけど、これ説明したら一発でバレるから』


『別にバレたっていいじゃないですか』


『だからダメだって。十五歳に変な言葉教えたらあたしが叩かれるから世間に』


『己己己さんが叩かれたって私には関係ありません』


『あんた、あたしに憧れてるって嘘だろ』


『嘘じゃないですよ。そんなことより何なんですか? ピー春とピー春て』


『そんなことって、おい』


『教えて下さいお願いします』


 が、返事はない。


『春って売ったり買ったり出来るものなんですか?』


 やはり返事はない。


『あ、ひょっとして流そうとしています? ズルいですよ、黙りこくるなんて』


『ばーか。大人が何でも教えてくれると思うなよ? 都合が悪くなったり面倒になったら流す、これ、賢い世渡りの仕方だから』


『大人は汚いんですね、わかりました。仕方ないのでまた名前の話に戻りますが、己己己さんて本名なんです?』


『一応ね。あんま好きじゃないけど』


『どうしてです?』


『だって己が三つで己己己だよ? 完全に親も遊びでつけたよね』


『そうです? 私は己己己さんの名前好きですけどね。可愛い響きで』


『可愛いかな? まぁ、そうだとしてもあたしは可愛い系じゃないからキャラに合ってないよ。清恵は本名なの?』


『苗字は違います』


『あ、じゃあ清恵って名前は本名なんだ。若い子の名前にしては普通だよね。最近ほら、キラキラネームとか言うじゃん。清恵の周りにはいなかった?』


『そうですね、何人かいることにはいました』


『どんな奴がいた?』


我瑠士亜ガルシアとか紗吸羽諏サキュバスとかいましたね』


『サキュバス!? 我瑠士亜はともかく、紗吸羽諏は酷いな』


『そうですね。サキュバスというよりフランケンシュタインみたいな顔をしていましたし』


『お前の言いぐさもなかなか酷いな……』


『陰口ではないですよ? ちゃんと本人に言いましたから』


『余計ダメだろ……しかし、あれだな。あたし思うんだけど、キラキラネームって若い親だよね、つけるの』


『そう、ですね。そうかもしれません』


『ペット感覚っていうの? そういうのはダメだね。名前なんて一生ものなんだからさ。芸名でつけるんならまだわかるけど』


『芸名でもサキュバスはセンスを感じませんけどね』


『清恵はお母さんが何歳のときに生まれたの?』


『私と同じ年齢ですね。母は十五歳のときに私を産んだそうです』


『十五!? はぁ!? 何それ早すぎだろ!? あれか、ヤンママって奴か!』


『ヤンキーではないですが。そうですね、早いとは思います』


『そっかー、すげーなぁ。十五のときの子ねぇ……あれ? ちょっと待って』


『どうかしたんです?』


『ちょ待って、ちょ待って……十五のときに清恵を産んで……あんた今、十五歳だよね?』


『そうです』


『ってことは、今、三十歳ってこと? ……嘘でしょ? 清恵のお母さんとあたし、同い年ってこと? 嘘でしょ? ねぇ? 嘘でしょ!?』


 驚愕した声色で問いただすも返事はない。


『あんたから見れば私はお母さんと同世代ってこと!? 嘘でしょ? ねぇ、嘘だよね? 嘘、嘘、ほんとに!? ねぇ? 嘘でしょ?』


『……あ、そろそろCM入るみたいですよ。番組では様々お便りをお待ちしております』


『ねぇ! 嘘でしょ!?』


 哀しい叫びがかき消されるようにCMが入る。


 姉御、最近は年齢ネタを気にしてるからショックだろうなぁ……。しかし、面倒になったら流すという姉御の教えをさっそく実践している辺り、咏ノ原さんは大物だった。

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