第30話 日々

 あなたは目を覚ます。

 ここはどこだっただろうか、と考える。

 自分の部屋、そうだ、自分の部屋だったじゃないかとあなたは思い出す。

 あなたは何かとても恐ろしい夢を見たことを覚えている。けれど、その内容を思い出すことができない。

 汗で湿ったTシャツの首元を引っ張りながら、あなたはいつも母親が朝食を持ってくる時間をとうに過ぎていることに気付く。

 少しの逡巡の後、あなたは自分の部屋を出た。

 すっかり明るくなっているのに、不釣り合いなほどに家の中はしんと静まり返っている。

 あなたは母親の姿を探した。本当は顔を合わせたくないのだが、腹が減ったので仕方がないと思っていた。

 あなたは母親のことを考えるだけで不快な気持ちになる。「ゆうちゃん」とあなたを呼ぶ粘つくような高い声がいつでも耳元によみがえるのだった。

 キッチンにはいなかった。冷蔵庫を開けるとほとんど物が入っておらず、あなたは仕方なくハムを一枚取りだして食べた。

 次にリビングに向かう。そこであなたは母親を見つけた。

 ドアを開けた途端強い異臭がした。

 腐り始めた母親の遺体がソファに横たわっている。腹部には包丁の柄が突き出しているのが見える。

 あなたは驚愕し、狼狽した。母親の濁った目が自分を見ている気がして、目を逸らせないままあなたは後ずさる。そのまま踵を返して逃げ出した。

 階段を駆け上がり、自分の部屋へと飛び込み、ベッドの中へと潜り込んだ。

 目を閉じると、あなたの脳裏には先ほどの母親の姿が鮮明によみがえる。

 そうして母親の声も聞こえてくる。

「ゆうちゃん」

「ゆうちゃん、ごはんよ」

「ゆうちゃん、何か欲しいものはない?」

「ゆうちゃん」

「ゆうちゃん、お母さんに何でも相談してね」

「ゆうちゃん」

「ゆうちゃん」

「ゆうちゃん」

「ゆう ちゃ  ん」

 母親の姿が崩れていく。あなたは思考を振り払うべくさらに固く目を瞑る。

 あなたは包丁を突き立てた瞬間の感触を思い出す。それも振り払う。

 あなたは震えながら、徐々に眠りへと落ちて行く……。





 あなたは目を覚ます。

 ここはどこだっただろうか、と考える。

 自分の部屋、そうだ、自分の部屋だったじゃないかとあなたは思い出す。

 あなたは何かとても恐ろしい夢を見たことを覚えている。けれど、その内容を思い出すことができない。

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