第25話 ショーウィンドウの中の恋

 その日、僕は恋に落ちた。


 郊外に住んで移動に車を使う僕は、普段はあまり街中を歩くことがない。たまに用事があって街に出ることがあっても目的を果たせばすぐに帰るのが常で、ウィンドウショッピングを楽しむことなどまずなかった。だから知らなかったのだ。そこに彼女がいたことを。

 突然だった。これといった目的もなく、昼下がりの街を歩いていた僕の目に、突然彼女の姿が飛び込んできた。

 究極の美がそこにあった。

 滑らかな白い肌。小さく咲いた唇。頬、顎、頸の完璧な曲線。身に纏う衣装は最近の流行なのだろうか。彼女によく似合っていた。

 髪や目や両腕が無いことによる不足感、傾いたバランスが更にその美を際立たせる。

 ショーウィンドウの中で静止している彼女は、一体のマネキンだった。

 僕はマネキンの女性に恋をした。


 それから僕は、毎日のように彼女のもとへと通った。買い物が目的ではないので店に入る必要はない。道端に立って、ガラス越しに彼女の姿を見つめるだけの日々だった。いつ何時であっても彼女は美しかった。決して変化することのない、決して失われることのない美しさ。

 彼女の時はいつまでも止まっていて、僕は永遠に彼女を見つめていられるのだとそう思っていた。そう信じていた。


 その日はやはり、突然に訪れた。いつものショーウィンドウの中に彼女はいなかった。

 僕は混乱した。彼女がいたはずの場所に、別のマネキンが立っていた。

 彼女と同じ、白い肌の、腕のないマネキン。けれど彼女とは違う。僕が愛する彼女ではない。

 彼女がどこへ行ってしまったのか知りたかった。だけど僕は、それを尋ねに店の中へ飛び込んでいくことはできなかった。人間ではない彼女に恋をする自分が異常者であることを、一応ながらも自覚していた。

 胸を裂かれるような痛みを呑み込んで、僕は彼女を諦めた。



 三年の時が過ぎた。

 仕事をして、家に帰って、眠って、また仕事に行く。それだけを繰り返す味気ない毎日を過ごしていた僕だが、それでも出会いというのはあるものだ。

 職場の同僚を介して知り合った女性に告白された。特別美人というわけではないが、ちょっとした所作が上品で、何より性格の良い子だった。

 正直に言って、好意を向けられたことは純粋に嬉しかった。

 ちゃんと話したことはなかったが、彼女は、僕に忘れられない恋があることを察しているらしかった。僕の理想の恋人になれるよう努力すると言ってくれる、そのひたむきさに心動かされない男はいないだろう。


「ありがとう、嬉しいよ」


 僕はきっと、これからもっと彼女を好きになるだろう。好きになるべきだ。彼女が僕に尽くしてくれる分だけ、僕も彼女に応えなければ。


「だからまずは、そうだな、髪を剃ろうか」

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