第23話 TEL...
「電話が、電話がかかってくるんです」
男は喘ぎ言った。血の気を失い蒼白となった顔。頬はげっそりとこけ、血走った目の下を黒々と濃い隈が縁取る。
椅子に腰掛けているだけでも息苦しそうにしながら、途切れ途切れ、切に訴える。 己の頬に触れる節くれだった指が神経質にぴくぴくと痙攣した。
「朝も晩もなく、一日中、電話がかかってくるんです。助けてください。もう無理だ、限界なんです、頭がおかしくなりそうだ」
***
男は一人暮らしをしている。
大学を卒業し、社会人になると同時に親元を離れてアパートの一室へと移り住んだ。お世辞にも広いとは言えない安アパートだが、一人で住むには充分だ。
新生活の滑り出しは順調だった。仕事はまだ分からないことだらけだが上司は優しく、同僚にも恵まれ、給料はまあ、悪くはない。
ある日のことだ。仕事から帰って来て夕飯を作っていると、携帯の着信音が鳴った。プルルルル、というシンプルなコール。
誰からだろうと画面を見てみると、発信元は非通知になっていた。
知人であれば非通知になどしないだろう。不気味に感じて電話を取らずにいると、しばらくしてコールは止まった。
何だったんだろうか。彼は考える。悪戯の類か、もしかすると詐欺か何かだったかもしれない。
何にせよ、電話に出ないのが正解だったのは間違いない。
……そう思うものの、何となくスッキリしないものが腹の奥に残った。
数日後、またしても非通知からの着信があった。今度は休日で、家で一人、のんびりテレビを見ている最中だった。
もちろん電話には出なかった。悪戯だとしても無視していれば相手も飽きてやめるだろうと楽観視していた。
しかし、二度目のそれを境に、彼の生活は一変した。
日に一度、電話が鳴るようになった。
いつしかそれは日に二、三度に増えた。
四度、五度、六度、七度、
十度、十五度、二十度、三十度
一日のうちに何度かかってきたか、数えるのを諦めるようになった。
不思議なことに、仕事中や誰かほかの人といる時には電話はかかって来ない。
それは必ず、男が一人でいる時にやって来た。
非通知からの着信を拒否する設定に変えた。
拒否しているはずなのに、どうしてか電話は鳴る。
電話番号を変えた。
変えたその日にも電話は鳴る。
着信音を消した。
消したはずなのに電話は鳴る。
電源を消した。
消したはずなのに電話は鳴る。
朝目が覚めた瞬間に鳴る、朝食を食べている途中に鳴る、トイレに入っている時も鳴る、靴を履いている時に鳴る、
家に帰って来た瞬間に鳴る、鳴る、風呂に入っている時も鳴る、ベッドに入っても鳴る、眠っていても鳴る、目が覚めても鳴る、電話が鳴る。
電源を切ってクローゼットの奥に押し込めて耳栓をして頭から布団をかぶって体を丸めていても、聞こえる、四方八方から音の洪水が押し寄せるように、電話の鳴る音が彼の中へと入ってくる。
***
「助けてください」
男は言った。この地獄のような生活から抜け出せるなら悪魔の手だって取るだろう、それほどに追い詰められていた。
彼の訴えを黙って聞いていた相手は真剣な顔で頷く。
「分かりました。力を尽くします」
力強い返答に男は安堵の表情を浮かべる。しかし。
「しかし、ですね」向かい合った相手は、白衣を着た初老の男は、真剣な顔のまま言葉を続けた。
「あなたはどこに電話をかけているのですか?」
「え?」
頬に触れた指が痙攣する。手の中のスマートフォンからは、プルルルル、と聞きなれたコール音が、いつまでも、いつまでも。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます