第21話 肥った男
肥満体の男がいた。
身長こそ並程度だが、全身くまなく厚い贅肉を纏っており、体重は成人男性の平均の軽く二倍を有していた。
そんな彼を友人は「人一人分ぐらい肉が付いてるな」などと言って笑ったが、まったくその通り。
彼を笑う者も心配する者もいたが、これといって気にならなかった。
食べたいものを食べ、布団の上でごろごろする生活を気に入っていた。ダイエットなど毛頭興味がなかった。
しかし彼はある日、一人の女に出会った。
美しい女だった。彼は一目で恋をした。寝ても覚めても彼女のことしか考えられない。そんな想いは初めてだった。初めての恋だった。
胸を焦がす想いを秘めておくことなどできず、彼はついに想いのたけを告白した。
しかし、一世一代の告白を、女はすげなく一笑に付した。
「あなた、鏡を見たことある?」
冷たい言葉を浴びせられ、男は打ちひしがれた。
しかしそれでも、彼は初めての恋を諦めることができなかった。
彼は食生活を改めた。彼は体を動かすようになった。
自堕落な生活を抜け出した。
時に大変な苦痛を伴うこともあったが――彼の舌は暴飲暴食の快感をしっかりと覚えていた――それでも彼は耐えた。耐え抜いた。
そうして一年が過ぎる頃には、見違えるほど体型を変えていた。もう誰も彼を「肥っている」とは言わない。
一年間、努力に努力を重ねた自分に、彼はいくらかの自信を持っていた。
その自信を胸に、今度こそと彼女と向かい合う。
好きです、付き合ってください。
「まだそんなこと言ってるの」
「一回断られたら普通諦めない?」
「痩せたら相手してもらえるとでも思ったの?」
「必死過ぎて笑えない」
「さっさと消えてよ、ほら」
「二度と顔見せないで」
「気持ち悪い」
自分の中で何かが千切れる音を、彼は確かに聞いた。
彼の恋心は、今度こそ完膚なきまでに打ちのめされ、粉々に砕かれた。
彼は泣いた。泣いて泣いて、泣きながら食べた。
一年かけて人並みになった胃袋に、限界まで詰め込んだ。吐きそうになっても飲み下して、食べて、泣いて、食べ続けた。一人では食べきれない質量を、それでも貪り尽くした。
元の体型に戻るのに時間はかからなかった。痩せるのはあんなにも大変だったのに逆は簡単なのだから皮肉なものだ。
不健康に肥えた彼の腹を叩きながら、友人はまた以前と同じ言葉を寄越す。
「お前また、人一人分の肉蓄えたな」
彼は暗い表情で返す。
「そうだね、ちょうど一人分だ」
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