第20話 かわいいお人形

 私の家には一体の人形があった。

 母が子供の頃に貰ったのだというそれは年代物と言っていい古さのはずだが、その割には不思議なくらいに綺麗だった。

 金色の髪に緑の瞳の女の子。絵に描いたような「お人形」は、私が小さい頃からずっとリビングに飾られていた。

 メアリーという名のその人形を、私はあまり可愛いとは思えなかった。どちらかと言えば不気味に感じる。鈍く煌めき緑の瞳が、じっとこちらを見ているように思えて。

 ずっと飾られているものだから、てっきり母のお気に入りなのだと思っていた。しかしある時聞いてみると、「人形はあまり好きではない」との答えが返って来た。

「じゃあどうしてずっと持ってるの」

「どうして? ……どうしてかしら」

 そう言って、本人も不思議そうに首を傾げていた。



 それから二十年ほどが過ぎた先日、父が事故で他界し、母も後を追うように病気のため他界した。

 就職と同時に家を出ていた私は、両親の遺品を整理するために実家に戻った。

 数十年の生活を感じさせる大量の品々を、残すものと捨てるものに分けていく。

 相変わらずリビングに鎮座していたメアリーを、私は捨てるものの袋に入れた。

 これからは自分で管理することを考えると、苦手なものをわざわざ手元に置いておく必要があるとも思えない。母の形見ならほかにいくらでもある。

 リビングで出たゴミをまとめて玄関先へ持って行き、一度二階へと上がった。二階には昔の自分の部屋があり、そこにも捨てるべきものは色々あった。

 そのまま深夜まで片付けに費やして、休憩のためにリビングに戻ってくる。

 空になったキャビネットの上にメアリーが鎮座していた。

 思わず凝視してしまった。

 確かに先ほど袋の中へ放り込んだはずだ。しかし、現に今目の前に存在している。

 やっぱり取り出したのだったのだろうか。全く記憶にないが、今この家には私しかいないのだから、それ以外に可能性はない。

 何となく気味が悪い。再度人形を取り上げ、玄関のゴミ袋へ詰めると口を縛った。そのまま表のゴミ捨て場へ持って行く。本当はゴミ出しは朝になってからだけど、これだけ大量のゴミが出るのだから少しのフライングは許してほしい。

 丸一日遺品整理と掃除をしていたのでさすがに疲れていた私は、その日はもう寝ることにした。


 一人きりの実家での一夜が明ける。寝ぼけまなこを擦りながら朝食を作るためにキッチンへと向かう。

 リビングのソファにメアリーが座っていた。

 ……今度はさすがに声が出た。

 今度こそ、記憶違いではない。確かにこの手で捨てたはずだ。

 背筋が寒くなる。

 見慣れていたはずの人形が、何か恐ろしい異形の化け物に見えてくる。もう一度捨てようと、手を伸ばしかけて、触れることさえ躊躇われて手を引っ込めた。

 この人形と関わりたくない。


 結局私は、残りの処理を業者に任せることにした。

 既に大事なものは一通り纏めてあったのですべて捨ててしまって問題はない。

 中身を取り払った家は売りに出して、その後どこかの家族に買われたと聞く。特に怪現象なども起きていないようなのでホッとした。もうメアリーは戻ってきてはいないらしい。



 その後、私は仕事で知り合った男性と結婚した。両親に花嫁姿を見せてあげられなかったことは悔やまれるが、自身が家庭を持って幸せになることが天国の両親へのせめてもの親孝行だろう。

 子供も産まれた。女の子だ。特別美少女でも天才でもないが、私にとっては世界一かわいい女の子だ。

 五歳の誕生日が近付き、何が欲しいか本人に聞いてみることにした。

 娘はうんうん唸って考えてから、ぱっと顔を上げて元気よく答えた。

 

「メアリー!」

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