第19話 木の下には幽霊が

 洋子は暗い夜道を一人で歩いていた。

 休日に友達と遊んで、つい帰りが遅くなってしまった。日はとっくに沈んで空は真っ黒、雲があるせいで星も見えない。

 早く帰らなければ怒られる、と急いでいた彼女は近道をすることにした。

 母親から、夜は使わないようにと言われている道だ。少し細い道なので人通りが少なく危ないからだ。

 普段なら使わないその道へと洋子は入っていく。

 歩いていても、やはり人っ子一人見当たらない。街灯もないため真っ暗だ。

 じわじわと不安感が湧き上がってきて、早足になる。ほどなく、行く手の道端に、大きな黒いシルエットが見えてきた。空地に生えた大木だ。昼間には何度となく目にしたことがあった。

 足早にその前を通り過ぎようとして――足を止める。

 宵闇に紛れ、近付くまで気付かなかった。

 大木の、生い茂った枝の下、白い女が浮かんでいた。

 垂れ落ちた長い黒髪の間から覗く、白目を剥いた恐ろしい形相。長いスカートがゆらゆらと揺れる。


 幽霊だ!


 恐怖のあまりに声も出ず、洋子は震える足を何とか踏み出し、一目散に駆け出した。

 暗い道を一気に駆け抜け、そのまま走って家まで帰る。

 ドアを開けて「ただいま!」と叫び、自分の部屋まで逃げ込んだ。

 母親が夕飯を食べろと言いに来るが、頭まで布団に潜り込んだまま食べて来たからと嘘をつく。

 このまま朝まで布団の中に隠れていたかった。あの幽霊が追いかけて来るのではないかと思ってしまう。

 ろくに寝付けないまま、彼女はそうしてずっと震えていた。



 朝。寝不足の目を擦って部屋を出ると、母親が興奮した様子で話しかけてきた。

「ちょっと洋子、大変よ!

 さっき表で聞いてきたんだけどね、首吊り自殺があったんだって!」

「首吊り?」

「近くにほら、空地に、大きな木が生えてるでしょ? あそこで女の人が首吊ってたんだって!

 夜の間にもう亡くなってたみたいなんだけど、朝になってから見つかって、もう大騒ぎだって」

 洋子はすぐに昨夜のことを思い出した。

 白い顔、ゆらゆらと揺れる体。

 そうか、そうだったのか。

「怖いわねー」

「ねぇお母さん、お腹空いた」

「もう、あんたはお気楽ね。朝ごはんできてるから食べちゃいなさい」

 一食抜いたせいで非常にお腹が空いていた。テーブルに用意された朝食を、洋子はすっかりたいらげる。


 そうか、幽霊じゃなかったのか。

 なあんだ、よかった!


 朝からご飯をおかわりする娘に、母親はあきれた溜息をついた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る