第17話 鬼ごっこ

 走る、走る、走る。

 息が苦しい胸が詰まる腹が痛んで足がもつれても。

 走る、走る、走らなければ。


 背後から迫る足音。

 走っても、走っても、振り切れない。


 走る、走る。

 逃げる、逃げる。

 逃げても、逃げても。


 心臓が破裂しそうなほどに大きく鳴って。

 私はついに、その場に倒れ込んだ。

 駄目だ。逃げなければ。

 そう思うのに、一度止まった足はもう動かない。立ち上がることもできず、私は喘ぎながら両手で地面を這いずる。


 足音は

 すぐそこまで

 迫って


 振り返る。伏したままに振り仰ぐ。

 鬼が、鬼がそこにいる。

 大きな鉈を手に持って。

 鬼は鉈を振りかざす。

 血に塗れた鉈を。動けない私の。 頭 に





 私は目を覚ました。

 とても静かだ。視界も、思考もクリアに澄んでいる。体も軽い。奇妙な高揚があった。今なら何だってできそうな全能感。

 ふと、私は傍らに落ちているものに気付く。

 血に塗れた大きな鉈。

 鬼。

 そうだ、鬼。

 私は鉈を手に取る。ずっしりと、心地よい重み。

 鬼に捕まったのだから。次は私の番。

 私が鬼になる番。


 ほら、どこかから誰かの足音が聞こえてくる。

 音の聞こえる方へと私は駆け出した。鉈を片手に、うつくしい血のにおいを求めて。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る