第16話 断頭台

 小学校のグラウンド。

 校舎と向かい合ったちょうど中心、そびえ立つのは立派な断頭台。




 とある金曜日の五時間目の時刻、五年一組の生徒たちがぞろぞろと生徒玄関から外へ出てきた。みんなで楽しくサッカー、という雰囲気でもない。

 厳しい顔をした子供たちの中で、一人だけ背を丸めて歩く男子がいた。きょろきょろとほかの生徒たちの様子を窺いながらの歩みは遅いが、後ろを歩くクラスメイトにせっつかれるたびよろけるように前へと進む。

 一団はほどなく断頭台の前へと到着した。

 一人の生徒が集団の前へと歩み出る。五年一組の学級委員長だ。


「では、これから、学級会の続きを始めます。

 板橋君、前に出てください」


 促されて前に出るのは、背中を丸めた男子生徒。怯えた様子でクラスメイトたちと向かい合う。


「さっきまでの話し合いで、板橋君の死刑が決まりました。

 最後に確認を取ります。

 板橋君の死刑について、反対意見がある人はいますか」


 誰一人手を挙げる者はいない。板橋は、その光景を見て顔を絶望の色に染める。




 かつて、生徒同士のトラブルが、教師や保護者、教育委員会、果てはメディアまでも巻き込んだ騒動に発展することは少なくなかった。

 災難を恐れた教師たちはやがて、生徒間トラブルへの大人の不介入を宣言した。

 「生徒間の問題は生徒間で解決しなければならない」。

 子供たちの自立を謳ったこの新制度により、教師は責任を逃れることに成功し、保護者は校内への手出しができなくなった。

 当の子供たちがどうしたかというと。

 彼らは自由になったわけではない。どんな問題も、自分たちで解決しなければならなくなった。

 彼らは教室という世界の秩序を守るため、自分たちのための新たなルールを作り上げた。

 子供の作るルールはシンプルだ。


 すなわち、秩序を乱す者には制裁を。

 なおも罪を重ねる者には死を。




 板橋は階段を上がる。本人が足を止めようと、三人がかりで引きずり上げられる。同い年の子供の中では体格が良く力もある板橋だが、一対三では敵うべくもない。

 彼は体を前へと倒され、断頭台へと頭を突っ込まれる。すぐにロックがかかり、彼の力では抜け出せなくなる。

 この学校が所有するのは大きなギロチンだ。子供でも安心の安全装置付きの電動式である。準備ができればスイッチひとつで処刑が済む。


「や、嫌だ、やめてくれよ!」


 間近に迫る死の恐怖に板橋は喚いた。


「もう絶対悪いことしねぇから! た、助けて! 死にたくない!」


「前の学級会でも同じこと言ったよね?」

 学級委員長は冷静に言う。

「いきなり殴るのも、金を持って来いって脅かすのも、宿題人にやらせるのも、もうやらないって言ったよね。でも約束を破った。

 もうお前を信じるやつはいないよ」


 彼らは気長に更生を待つことはしない。

 大人たちの言うような、「未来の可能性」など、彼らには関係がない。

 彼らにとって、今この時が全てなのだ。子供にとって、「教室の世界」こそが全てだ。

 それを乱す者を許してはいけない。ほかの誰のためでもない、自分たちの平穏のために。


「それじゃあ、お別れの歌を歌いましょう」


 学級委員長は、指揮棒の代わりに右腕を上げる。四拍子に合わせてクラスメイトたちは歌い始める。

 全国の小学校で執行の前に歌われるお別れの歌。

 今日の日直だけが歌には参加せず、スイッチの前でスタンバイしている。歌が終わると同時にスイッチを押せば鋭い刃が真っすぐに落ちてくる。


 晴れた午後の空に子供たちの伸びやかな歌声が広がる。

 どこにでもあるのどかな風景だ。

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