第11話 神様

 彼は平穏を愛していた。

 彼は、世界が平和であるためには、人々が満たされることが必要だと思っていた。

 だから彼は人々の望みを叶えることにした。


 彼には不思議な力があった。

 食べ物でも、衣服でも、貴金属でも、何でも生み出すことができた。

 天候も、時間すらも自在に操った。

 彼は求める者に全てを与えた。

 人々は彼を「神様」と呼んだ。


 「神様」のおかげで人々の暮らしは豊かになった。

 飢える者も、凍える者もいなくなった。

 働かずとも苦労せずとも全てが与えられる。もはや人々に「不足」の概念は無くなった。


 しかし、彼の望んだ平穏はそこには無かった。


 物に満たされた人々は、しかし人間同士で争うことを捨てなかった。

 そして、労せず与えられることに慣れ切った人々は、忍耐というものを忘れてしまっていた。

 些細な諍いが容易く加熱する。罵声が、暴力が、平穏とは程遠い世界を形作る。

 人々は怒りのままに「神様」に訴えた。


 ――あいつが嫌いだ。

 ――あいつが邪魔だ。

 ――あいつを消してくれ。

 ――あいつを殺してくれ、神様!


 彼は全ての人々の望みを叶えた。


 一人が死んだ。死は新たな怨嗟を生んだ。十人が死んだ。百人が死んだ。呪いの連鎖は止まるところを知らず。

 人々の望みのままに、「神様」は力を振るう。

 千人が死んだ。万人が死んだ。

 全ての命が絶えるまで、さほど時間はかからなかった。






 誰もいなくなった世界に、彼は一人で佇んでいた。

 誰の声も聞こえない。誰の望みも聞こえない。

 ありのままの自然に包まれて目を閉じる。満ち足りた心。


 ようやく彼は、愛する平穏を手に入れたのだ。

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