第9話 素敵なお医者さん
病弱な少女がいた。
本来なら小学校に通っているはずの年齢だが、一年の大半をベッドの上で過ごし、家から出ることのできる日はごくわずかだった。
「やはり、大きな病院にかかった方がいいのではないでしょうか」
少女の母にそう進言するのは村医者の青年だ。
この小さな村にはまともな病院と呼べる代物がない。唯一ある診療所に務める唯一の医者、それがまだ年若いこの青年だった。
少女の事実上の主治医である青年は、彼女が一向に快復しないことに強い責任を感じていた。そのため、しばしばこうして町の大きな病院を薦めるのだが。少女の母はいつものように首を横に振った。
「あの子が嫌がりますから」
「そうですか……。まあ、最近は調子もいいようですから、様子を見てみましょう」
「はい。いつもありがとうございます。先生には本当に良くしていただいて、あの子も私も、先生を本当に頼りにしているんですよ」
その晩。母親が食事を運んで行くと、ベッドの上の少女は慌ててノートを閉じた。しばらく前から日記をつけているらしい。普通の子供と同様の生活は難しくとも、普通の子供と同様に思春期なりの秘密はあるらしい。母親は微笑ましく感じながら見て見ぬふりをする。
「そういえば今日、先生から町の病院を薦められたんだけど」
「また?」
少女は露骨に嫌そうな顔をする。
「わたし、先生以外のお医者さんなんて、絶対嫌だからね!」
「はいはい、分かってるわよ。ほら、今日はあなたの好きなシチューよ」
「わぁい! おいしそう!」
「いっぱい食べてね」
少女が急に苦しみだしたのはその数時間後のことだった。医者を呼んだが診療所の設備ではどうすることもできず、彼の運転する車で山ひとつ越えた町の病院まで連れて行った。
しかし、手当ての甲斐なく、少女は苦しみ抜いた末、三日後に亡くなった。
少女の死には不審な点があり、警察が捜査のためにと母子の家へとやって来た。そこで彼らは少女の日記を目にする。
「お母さん、少し、お話よろしいですか?」
娘を失い呆然自失となっている母は、警察の言葉に、ぼんやりとしたまま頷く。
「娘さんの日記を読ませていただいたのですが……どうやら娘さんは、自分で毒を飲んでいたようです」
「毒……?」
「毒、と本人は書いていますが、洗剤などの手に入る範囲の刺激物ですね。それを飲んで、わざと体調を崩すようにしていたようです」
「どうして、どうしてそんなこと……」
「どうやら、医者の先生のことが好きだったようですね。元気になったらもう診てもらえないと思って、先生に会いたい一心で自分の体を犠牲にしていたけど、最後には分量を間違えて――」
「ああっ!」
母親は両手で顔を覆った。
「どうして、どうして言ってくれなかったの……!」
全てを知った彼女は深く嘆き悲しんだ。
「知っていれば、食事の分は減らしたのに!」
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