第7話 オニ
昔々あるところ、山間の小さな村に、一人の少年がいました。
少年は生まれつき姿かたちがほかの人とは違っていました。
そのために、村の人たちからは「鬼の子」と呼ばれ、忌み嫌われていました。
少年には父親がおらず、母親と二人きりで暮らしていました。
ほかの子供たちに「鬼の子」と罵られるたび、少年は泣きながら家へと帰り、母親へ問いかけました。
「ぼくはオニの子供なの?」
母親は答えました。
「いいえ、違うわ、あなたは鬼なんかじゃない」
母親の言葉を胸に、少年はつらい日々を耐えていました。
ぼくはオニじゃない。
ぼくはオニじゃない。
少年が六つになった年のことです。
母親は病にかかり、ほどなく帰らぬ人となりました。
一人きりになった少年に、いよいよ村の中での居場所はありません。
罵声を浴びせられ、石を投げられ、殴りつけられます。
このままでは殺されてしまう。そう思って少年は、ついに村を出て、山の中へと逃げ込みました。
まだ幼い少年にとって、山の中もまた恐ろしい場所でした。
一歩歩くごとに枝葉で衣服は破れ、肌は傷付いていきました。
歩くうち、少年は次第に飢えや乾きを感じ始めました。
木の実や木の根っこなど、食べられそうなものは片端から口に入れてみます。
日が落ちると、木のうろや岩の陰に身を隠して眠ります。
どこからか聞こえてくる獣たちの恐ろしい唸り声に震えながら、幾つもの夜を過ごしました。
行くあてもなく、少年は山の中をさまよいました。
生き延びることだけを考える日々を過ごすうち、はじめはひ弱だった少年も、だんだんと山での暮らしに慣れていきました。
毒のある植物が見分けられるようになりました。
獣を捉え、その肉を食べることを覚えました。
歩き回り、木に登り、崖を下りることも苦ではなくなりました。
少年の目に映るものは、食べられるものとそうでないもの、そのふたつだけになりました。
どれだけの時が過ぎたのか、もはや少年には分かりません。
どれだけの時が過ぎたのか、考えることもなくなりました。
どうして自分は山にいるのか、もはや少年は覚えていません。
大切なのは、食べること、生きること、それだけです。
ある日、少年は大きな生き物を捕まえました。
とても珍しい生き物でした。大きいけれど牙も爪もなく力も弱く、恰好の獲物でした。
その生き物は、けたたましく鳴いていました。
鳴き声の中に、少年は「オニ」という音を聞きました。
それはどこか懐かしい音でした。しかし、懐かしいという感情が何だったのか、それも少年にはよく分かりません。
はて、オニとは何だったかしら。
大きな骨をしゃぶりながら少年は考えましたが、腹が膨れて眠たくなってきたので、そのまま心地よい眠りに就きました。
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