第5話 本当の私
愛している。愛しているわ。
だから私、たったひとつの不安があるの。
本当の私を知って、それでも愛していてくれる?
本当の私を愛してくれる?
***
彼と付き合い始めて、今日でちょうど一年になる。
記念日を祝ってレストランでディナーを食べた後は、彼の車でドライブ。「行きたいところがあるの」と言って、私が助手席から案内した。
デートはいつも彼にリードしてもらうばかりで、私が行き先を決めたのはこれが初めてのことだ。彼は少し驚きながら、嬉しそうだった。
行き先は山。廃校の傍らを通り過ぎて、かろうじてコンクリート舗装されているガタガタの道を登って行く。
「こんなところに何があるんだ?」
「いいから。もうそろそろのはず……あっ、ここ! 停めて!」
車が停止する。
私が先に車を降りた。車のヘッドライトが消えると辺りは途端に暗くなるが、空に浮かぶ月のおかげで慣れれば多少ものは見える。
道から外れたところに、打ち捨てられた小屋がある。物置小屋のように見えるけれど、何に使われていたものかは分からない。私にとってはただの目印だ。
「こっち」
草木の生い茂る中に踏み入って行く。彼は慌てた声を上げた。
「おい、待てって!」
振り返ると、彼が困惑した顔でこちらを見ている。私について来るかどうするか迷っている顔だ。
「説明してくれよ……お前、どこに行こうとしてるんだ?」
「……見せたいものがあるのよ」
私が歩みを再開させると、少しの間を置いて彼の足音も続いた。
歩きながら、私は後方の彼へと話を続ける。
「昔ね、付き合っていた人がいたの。
とても格好良くて……格好良いと、あの頃の私は思ってた。
最初は優しかった彼が段々乱暴になって、私に暴力を振るうようになっても、嫌いにはなれなかった」
道なき道を進む。目的地までそんなに距離はない。ほら、もう、見覚えのある場所。
「ねえ。私のこと、愛してる?」
「ああ」
彼はすぐに答えてくれる。嬉しい。
「私も愛してる」
だから、あなたには知ってほしいの。
「あの日も、彼は私を殴った。たくさん殴られた。私、あの日初めて抵抗したわ。何が起きたのか、ちゃんとは覚えてないの、無我夢中だったから。
だからたぶん、あれは事故だったの」
私は彼を振り返る。大木の根元にある、不自然に置かれたトタン板を指して。
「死体はここに隠してあるわ」
彼が唾を飲むのが分かった。
緊張の面持ちで私を、私の背後を凝視している。逃げ出したりはしない。
「それは……お前の秘密だろう。教えて良かったのか」
「あなたを信じてるから。あなたを……愛してるから」
だから私、ひとつだけ不安なの。
あなたは私を愛してくれる?
トタン板をどかす。すっかり肉は腐り果て、白骨と化した死体がそこにある。
彼はそれを凝視した。
「……その、服……」
「服?」
生きていた頃に着ていた服はところどころが破けて崩れて、それでも一応の形をそこに残している。
特別おかしな服ではないと思うけれど、彼は何を気にしているのだろう。
「さっきのって……お前、まさか……」
――ああ、そうか。私が彼の「誤解」に気付いたのと、彼が真実を「理解」したのはほとんど同時だった。
「うわあああああ!!」
悲鳴を上げ、彼は走り出す。来た道を一目散に逃げて行く彼の背を見送ることしか私にはできない。
やっぱり駄目だった。哀しみがこみ上げる。
私は白骨を見下ろし、幾度目とも知れない溜息を零した。
これで何度目だろう。やっぱり誰も私を愛してくれない。本当の私を愛してくれない。
あの人がそうだったように、私を捨てて行ってしまう。
私はそっと、白い頭蓋を抱き上げる。溜息。
私の死体、そんなに恐ろしいかしら?
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