第3話 初陣を支える者たち

「雄志郎、大丈夫だったか」

 喫茶店の店先から声がした。

 見渡すとレイジがいた。

 彼は膝に手をつき、荒い呼吸を整えていた。

「近くの学校で只事じゃない事件が起きてるって電気街のテレビから聴いてよ。それで慌ててさ」

 そんな彼に雄志郎は「なんとかね」と一言だけ伝えた。

「そうか。怪我なくて良かった。ところで、そいつらは誰だよ」

「ええと、こちらは」ドドッカーン「といって。え?」

 どでかい爆竹のような音に声がかき消された。

「青い牛男だぁ! あ、あ、あ」

 開いた口が本当の意味で塞がらない顔になる。

 今朝遭った《松坂》という神格ユニットよりもやや大きめで、顔は牛で身体は人間の男性だった。よく似ているが、こっちは皮膚の色が青みかかっていて、両手で巨大な斧を握っていた。

 さっきの爆音は、こいつの足元を見れば一目瞭然だ。アスファルトが粉々に砕かれていたからだ。また空から降ってきたということか。

 レイジが雄志郎の前に駆け寄り、それに立ち塞がった。

「ああっ、面倒くせえぜ。今朝ので俺は疲れてんだってのによ」

「ユウ坊や、この子がさっき会わせたいと言っていた男子かい?」

 キチョウの問いかけに、雄志郎は口を開けたまま頷いた。

「そういうことなら、ここは協力と行こうか」

 キチョウは耳につけたデバイスをレイジに見せた。

「その耳の飾り、あんたも神醒術士キャスターか」

 キチョウが頷くと、目の前の牛男はモォーッと唸りを上げた。

「こいつは《ミノタウロス》だな。あんた、術の色は?」

「生意気な坊やだね。キチョウ姐さんと呼びなさいな。【赤】だよ」

「そいつはいい、俺もだ。来いっ、《飛騨》」

 雄志郎が近くにいることを確認してから印を結ぶと、すぐに赤い牛男が現れた。

 レイジはすぐに別の術を構える。

「覚醒しろ、《飛騨》」

 すると《飛騨》の赤いオーラがはっきりと現れた。

 《ミノタウロス》がすぐにそれへ向かって大斧を振り下ろした。 

 その大斧のに耐え切れずあっという間に赤いオーラが飛散した。

「ぐっ。なんでやられちまったんだ」

 レイジが苦しそうに膝をついた。

 キチョウが印を結びつつ言った。

「おそらく、《ミノタウロス Ⅱ》だね。まったく、見た目じゃわかりにくいから困ったもんだ。キャスト! 《オロチ 弐》」

 膝をついたままなかなか立ち上がらないレイジを見ながら、《オロチ 弐》を召喚した。

 雄志郎が学校で見た《オロチ》より皮厚で存在感があった。

「おみゃさん、まさかもう神耐ヒットポイントがもうないの?」

「ああ。さっきので全損しちまった。明日になれば回復するけど」

「こんなときに、何を呑気なことを言ってるのやら」

 《オロチ 弐》が青牛男に飛びかかった。

 だが、大斧に阻まれる。

「やけに硬いね」

「おそらく、覚醒してるんだ。目立たないところを見ると、小覚醒ってところか」

「これならどうだい。《金剛》」

 キチョウの印から放たれたオーラが《オロチ 弐》を包み込んだ。

 それは炎のように燃え盛り、神格ユニットを力強く鼓舞した。

 青牛男を押したかに見えたが、青い盾のような結界が現れてその進行を阻んだ。

「【青】の十八番、《アテナの煌く盾》まで出せるとはね。神醒術士キャスターはいったいどこ?」

 レイジも一緒に当たりを見回したが、それらしき人影がどこにもいない。

 もしかしたら屋根上かと喫茶店を見上げてみたが、その上にもそれらしい影は見当たらなかった。

「確かにいるとすればそこだろうけど、だったらとっくに後ろから攻撃されているはずだ」

 雄志郎の目線を追ったレイジはそう言い捨てた。

 余裕が無いのか、時々頭をかきむしっている。

 雄志郎が打開策を提案してみた。

「あの、キチョウ姐さん。《ヤマタノオロチ》は?」

「ああ、それがあったね。 って褒めてあげたいところだけど、上級神格は連続でキャスト出来ないんだよ」

「そ、そんな」

 それを聴いて落胆してしまう。

 同時に両腕に重みを感じた。

 沢城を抱きかかえていたままだった。

 彼女の顔を見ると、明らかに震えていた。

 今初めて気がついた。

 何をやっているんだ、俺は。

 ずっとビビって、怯える下級生に抱きついていたのかよ。

 急に腹ただしくなり許せなくなった。

「沢城ごめん、気付かなくて。今、怖いよな」

 沢城は何も言わず首に抱きついた。

 恐怖にすすり泣いている。

「格好悪いけど、俺だって今すごく怖い。逃げ出したい。けど、ここにいなきゃいけないんだ」

 雄志郎はゆっくりと沢城を降ろした。

 対峙しようと踵を返したとき、腕に柔らかいものを感じた。

 それは沢城が絡めた腕と、小さな胸だった。

「先輩、だめ。殺されちゃう」

「けど、沢城。このままじゃみんなが殺されてしまう」

「先輩が行っても同じだよ。友達と同じようにされちゃう」 

 心配する顔を見て、ここに留まるのが彼女のためなのかと思い始めた。

 それはキチョウの苦悶の声でかき消された。

「クッ」

 慌てて振り向いた。

 キチョウが左腕を抑えてフラフラになっていた。

 レイジと協力したにもかかわらず、《オロチ 弐》が飛散してしまったのだ。

 2人はもう打つ手なしと言った様子だった。

「不味いなこりゃ」

「ああ。私の神耐ヒットポイントはあと1枚だよ。唱えられる術であいつを倒すのは厳しいね」

 やはり、やるしか無い。

 雄志郎は叫んだ。

「レイジ、キチョウ姐さん。俺に何か出来ないことはないのかよ!」

「先輩……」

「ある」

 レイジがついた膝を浮かせて立ち上がった。

「本当は雄志郎を戦いに巻き込みたくなかったから、姉貴の提案に反対してた。 だけど、お前のその声で俺の迷いはふっとんだみたいだ」

「……レイジ」

「本当に覚悟は良いんだな」

「ああ」

 雄志郎は即答した。

「先輩っ」

 沢城が更におっぱいを当てて引き止める。

 雄志郎は名残惜しそうにそれをゆっくりと振りほどいた。

「沢城、絶対お前を守るから」

「おみゃさんたち、無駄話している暇はないよ」

 キチョウの印から七色のオーラが出現し、《ミノタウロス Ⅱ》の斧をいなした。

 レイジはこれまでとは違う、真剣な目で雄志郎を見つめた。

「雄志郎、これから言うことをよく聞け」

「うん」

「『バースト・オン』と叫んでくれないか」

「バースト・オン?」

「戦う強い意志を込めて叫ぶんだ。それがお前の万象神醒術士リバインキャスターとしての力の発現トリガーだ」

万象神醒術士リバインキャスター……」

 《ミノタウロス Ⅱ》が攻撃態勢を整え始めたのを雄志郎は見た。

 大斧を真横に構え腰を大きく捻った。

 野球選手がバットを振るが如く、この場にいる全員を一刀両断するつもりだ。

 しかし、キチョウの息が上がっている。もう術が唱えられないみたいだ。

 雄志郎は意を決した。

「よし! ば、ば、」

 急に緊張が戻って口がうまく動かせない。

 敵神格ユニットが一歩大きく踏み出した。

 レイジが怒鳴った。

「叫べ!」

「バーストオン――!」

 その時、真っ白なフラッシュが脳を覆った。

 雄志郎が言うが早いか、敵神格ユニットは大斧をすでに振り回していた。

 そして、鋭く"空"を切った。

「あれ?」

 胴体は、なぜか繋がったままだった。

 その肩をレイジが叩いた。

「間一髪だったな」

 雄志郎が目を丸くした。

「え、今、頭の中で何か。光が。それと《神通力 水鏡》って名前とイメージが」

 大斧がレイジの身体に触れる刹那、全員の身体が分身するかのように分かれた。

 敵神格ユニットが切ったのはそれらだったのだ。

「どうやら姉貴の予想は当たってくれたみたいで良かったぜ」

「『予想』っておみゃさん、賭けにしては分が悪すぎるよ」

「生きてんだからいいだろ。キチョウにも今までと違う神醒術を感じるはずだ」

「年上を呼び捨てにしなさんな。ん? なんだい、この頭がすっきりするような感じ」

「雄志郎とあんたと俺の共有認識が繋がったんだ。楽に素早く術が唱えられるはずだ」

「ほぉ。なるほど、これなら」

 キチョウはすぐさま印を結ぶ。

 そして扇子――『さくらともみじ』――を大きく振りかざした。

「大いなる龍よ、顕現せよ! 《ミヅチ》」

 空が急に曇りだした。

 雷鳴が轟き、そこから金色こんじきの光が現れた。

 それは1つの大きな龍の身体となり、キチョウたちの前に降り立った。

 店前の道路におさまりきれないほどの巨大さで、そこに着地せずやや空中に浮いている。

 黄金の鱗、長く太い蛇のような龍の体、凄まじい威圧感、自動車すら砕きそうな爪、奈良の大仏も噛みちぎりそうな巨大な顎、獲物を睨む双眼、どれもとっても規格外――ドレッドノート――と呼ぶに相応しかった。

 いくつも神格ユニットを見てきた雄志郎もこれには驚いて尻餅をついた。

「うわわわわっ」

 レイジが雄志郎の両肩を掴んで怒鳴った。

「おい、お前。なんで《ミヅチ》なんて大龍イメージしたんだよ。万象神醒術士リバインキャスターってのは頭にイメージした物を神醒術士キャスターが行使するんだよ」

「そ、そんなこと言ったって。《ヤマタノオロチ》より強い龍は何かなと考えてただけで」

「ああ、面倒くせぇ」

 とレイジが愚痴るが、こうなってしまってはもうキチョウの気の済むままに《ミヅチ》が暴れるしか無い。

 先程までと打って変わって劣勢になった《ミノタウロス II》は、兎のように怯えていた。

 だが、キチョウは容赦しなかった。

 扇子をゆっくりと敵神格ユニットに向けた。

 《ミヅチ》は叫ぶこともなく襲いかかり、敵神格ユニットを青い光に還した。

 王者の貫禄そのものだった。

 吠えなくても、己の強さを誇示するその姿に畏怖を覚えないものはいない。

 レイジはキチョウを急かした。

「おい、早く《ミヅチ》をなんとかしてくれ。みんな違う意味で怯えちまってるだろ」

「おや。これは悪かったね」

 キチョウは扇子を折りたたむと、《ミヅチ》は空へと帰っていった。

 雄志郎は尻餅をついたまま、沢城の方へ振り返った。

 沢城も同じ格好でへたり込んでいた。

 雄志郎はたいを回して、四つん這いで彼女の側に近づいた。

「大丈夫か、沢城」

「先輩」

「うん?」

「もうあんな危ないことしないで下さい! 私、先輩まで居なくなったらどうしたらいいのか」

「ごめん。でもさ、俺に告ってくれた後輩だからさ。うまく言えないけど、ああしないと自分が一生後悔するって思ったから」

「それって……」

「おみゃさんたち、盛り上がっているところ水を差すようだけど。こんな道路に座っているより店に入ったほうが良いだろう」

 キチョウがそう言って、扇子の先で喫茶店の扉を指した。



 雄志郎、沢城、レイジ、キチョウが店に入ると、店員たちから大丈夫ですかと声をかけられた。

 すぐに広めの席に案内され、湯気の出たポタージュスープと紅茶が出された。

「これは賄いのお昼ですから、サービスです」

 キチョウが礼を言うと、店員が笑顔で会釈をした。

 喫茶店で賄いが出るなんて、本当にキチョウはここの常連らしい。

 出来て間もない店で常連なんて何か不自然だと思いながらも、今は落ち着くことだけを考えることにした。

 一口すすると、身体の奥から温まってくるのを感じた。

 みんな無事だったことを改めて確認できた。

 そういえば学校から出てきて、上履きのままだった。少し足が痛い。

 レイジは制服からハンカチを取り出して汗を拭っていた。同じブレザーだがデザインがかなり違う。こちらは襟が狭いが、向こうは広めのゆったりしたものだ。中はワイシャツに赤いネクタイをしていた。シャツをズボンに入れてない着こなしは、普段から面倒くさがりなんだろう。

 キチョウは何度見ても、二つの大きな膨らみが作り出した谷間に目を奪われる。触るときっと指が埋まるに違いない。戦っているときは流し目が多かったけれど、こうしてみると目がとても大きい。いわゆる美人過ぎるナントカだ。肌も雪のように白い。今はテーブルの下になっていて見えないけれど、太ももを大胆に見せる着崩した赤い着物に、どんな男もほっとかないだろう。

 沢城はようやく落ち着いたようだ。上は体操服、下は男子の一番人気ブルマだ。うちの学校は体操着を自由に決めていいことになっていて、他にはハーパンジャージやらレオタード、はたまたコスプレしてくる娘もいる。赤いリボンのポニーテールがずいぶん長く、腰まで垂れていた。

 そんな沢城は俯いたままだ。泣いているのを必死にこらえているのが誰が見ても分かるくらい、肩が震えていた。

 そうだった。みんな無事と言うのは間違いだ。

 沢城のクラスメートの女子が全員惨殺されてしまったのだから。

 それを思い出すと雄志郎も落ち着かない。

「レイジ、と言ったね」

 キチョウがスープを口に運ぶのをやめた。

「ああ」

万象神醒術士リバインキャスターとは、どういう意味だい?」

「昔、神醒術の研究で頓挫された中のひとつだ。簡単にいえば、第三者の神醒術士キャスターがいることで効率よく神醒術を行使出来るようにする術者のこと。しかも術の色に全く関係なくサポートできる。言わば、生きたサポートデバイスだな」

「その力がユウ坊やにあるって?」

「ああ。デバイスのSI通信はなんとか繋がったから、姉貴に雄志郎のことを話した。そうしたら、この術士のことが出てきたんだ」

「おみゃさんの姐さんは、研究者なのかい?」

「いや、旭家の嫡女ちゃくじょだ。俺はその弟」

「なるほどね。あの旭家ね」

 キチョウは懐からキセルを取り出して口に加えた。

 そして一服吹く。

 煙が出ないタイプなのか、店員は何も言ってこない。

 もう一服してから言葉を続けた。

「それで、詳しいことは分かったのかい?」

 レイジは飲み干した紅茶を置いてから答えた。

「だが、万象神醒術士リバインキャスターの研究は頓挫したんだ。姉貴の見解でしか無いんだけど、どうやら裏でお偉いさんたちが動いたらしい。もしも実用化すれば、四大勢力の均衡が崩れるかららしい」

「もしかしたらユウ坊やを狙った可能性もあるってことかしら」

「否定は出来ない。どっかのバカが好き勝手にやっているだけかもしれない」

「それじゃまるでテロリストだよ」

「それを調べるために、用事済ませてから八学から出ていこうとしたら、こんな場所に迷いこんじまった」

「私の場合は仕事帰りだけど、似たようなもんだね」

 キチョウの朝の仕事帰りがとても気になるけれど、もっと知らなければならないことがあると、雄志郎は別の質問をした。

「『バーストオン』ってどういう意味なの?」

 レイジが雄志郎に向き直る。

 ちょうど、レイジと雄志郎は向かい席だ。

 ちなみにレイジの隣はキチョウ、雄志郎の隣は沢城だ。

「『バースト』ってのは、脳内の情報と世界の情報が爆発して起こる現象……だっけ」

「正確には、脳内の情報と世界の共有認識が、空気中のSI因子によって爆発膨張する現象『情報乱流化現象』って言われてて、簡単に言えば赤い光のオーラのことさ」

「そういうこと。つまり、万象神醒術士リバインキャスターが『バーストオン』の意思を強く持つことで、無色透明のバーストが神醒術士キャスターに与えられて力を発揮できるようにサポート出来るんだ」

「『光の三原則』は知っているかい?」

 雄志郎は頷いた。

 すべての光が混じると無色に発行することだ。

「無色の光は何にでもなれるからね。バーストも同じってことだろうね」

 雄志郎は聴いた。

「その『バースト』って無限なの?」

 キチョウが答える。

「いいや。空気中のSI因子が無限だろうと、バーストに形作られるまで少々時間がかかる。とくにこの辺じゃ、ろくにゲートが開かないからね。さっきの《神通力 水鏡》みたいな上級神律コードは連発出来無いよ。精々打てても、4回が限度だろうね」

「もう1つ良いかな。頭の中にイメージした術を神醒術士キャスターが行使できるってのは」

「それが万象神醒術士リバインキャスターの大きな特徴のひとつさ」

 今度はレイジが答えた。

「頭の中で神醒術士キャスターとの共有認識、つまりイメージが形作られると、それを俺達はすぐさま唱えることが出来る。印を結ぶとかの儀式すら必要ないらしいぜ。ただしあまり連発すると、万象神醒術士リバインキャスターの脳内キャパを超えてしまうから、神醒術士キャスターも術が使えなくなっちまうそうだ。神醒術の戦いの前に、ある程度戦術を練っておいたほうが良いらしい。その作業を研究者たちは『デッキ』って名づけてたそうだ」

 キチョウが紅茶を一口飲んで言った。

「なんか、仮定の話ばかりだね。当てになるのかい」

「全部姉貴からの受け売りだからな。それに研究も中止になったのに、詳しい資料が家の蔵に眠ってたのが奇跡だとさ」

 キチョウはキセル仕舞うと、その手に頬杖をついた。

「話はこれくらいにしようか。この娘ことをなんとかしてあげなきゃね。貴女、下の名前はなんて言うんだい」

美依実みいみです」

「まあ。かわいい名前だね」

 キチョウの優しい言葉をもらった美依実だが、

 雄志郎は彼女を救うために必死になっていたから周りは見えていなかったけれど、彼女の方は惨劇をはっきりと見ていたのだ。

 キチョウは言った。

「仕方ないね。ここは一緒に今晩泊まってあげなきゃね」

「お願いします」

「何いってんだよ。おみゃさんが一緒に寝るんだよ、ユウ坊や」

「はい。……って、は!? お、俺がぁ」

「いいかい。私は女だけれど、初対面。それに襲った奴と同じ物を使うから、側にいちゃおちおち寝られないだろ。ユウ坊やしか頼れる男はいないのよ」

「でも、家の人は」

「いないよ、先輩」

 美依実が恥ずかしそうに俯いた。 

「私……その……あの……ひとり暮らし」

 肩にかけていた毛布を頭に被って丸くなった。

 こっちまで顔が赤くなる。

 キチョウがテーブルをついてに雄志郎耳打ちをする。

「いいかい、今夜優しく慰めてあげるんだよ」

「キチョウ姐さん、そんなこと言っても、俺こいつのこと……うっ」

 甘い香りと目の前まで迫ってきたオッパイに、下半身の局部が固くなってしまった。

 不意に、ドンッと背中を叩かれた。

「頑張んな! 男の甲斐性の見せ所だよ」

「え、ええー。だから、俺は……ああもうレイジ助けてくれ」

「面倒くせっ」

 一蹴されてしまった。

『次のニュースです』

 ラジオが流れだした。

『今朝、市内の高校にて事件があり、大勢の若い命が殺害されました。その事件の犯人は未だ見つかっておりませんが、公安当局が前からマークしていた衿崎 兼保かねやす教授の関与が強いと見て捜査されています。衿崎教授は以前から「神罰が下る」などといった過激な発現でメディアを騒がせていたことがあり』

「叔父さんがまさか、犯人だとでも言うのか。いくらなんでもそんな」

 キチョウが尋ねた。

「『おじさん』って、ユウ坊やの知り合いなのかい」

「はい。俺の父方の弟に当たる、叔父です。確かに過激なことはよく言ってたけど、こんな大それたことをするような人には思えない」

「どうやら、この店が現れたことだけじゃなく、ユウ坊やの叔父さんのことも調べなきゃならないみたいだね」

 ラジオは繰り返しこのニュースを流し続けた。

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