第38話 なんでなんだよ

「じゃあ、あの……部屋だけ決めよう」


 聞いているんだろうか、この二人は。すると黙ってドアを指差す。多分向こうで使っていた部屋の位置なんだろう。迷いなくヒナタは一番奥の右側の部屋をレイナはヒナタの隣の部屋を選んだ。


「じゃあ俺はここにするわ」


 シャワー室の隣の部屋を選ぶ。多分どれも中身は一緒だろうし。多分ただ寝るだけになるだろう。


「その、着替えて来るから」

「……う…ん。じゃあ、私たちはリビングにいるから」


 レイナからやっと返事が聞けた。そっと刀をなおしている。やっと現実が戻って来たみたいだ。よかった。ヒナタも少しだけだがさっきよりもマシになっているようだ。


「じゃあ、な」


 博士が去って行ったドアを開ける。そこにはまたいつもの部屋がある。足りないのは場違いなソファーだけだろう。ドアを閉めて隣の部屋のドアを開ける。

 ハンガーラックにかけられたスーツは元のままだ。この部屋も前と同じだ。小さな部屋なのに窓とカーテンまで同じだ。カーテンを開けて確認するまでもない。さっき切られた脇腹を見る。かなり深い傷を負ったみたいだ。あの時は必死だった。必死に『樹』と戦った。まさか、自分に出くわすなんて……そして戦うことになるなんて。きっと翔子がいればヒナタと同じようになっていたんだろうな。それを見なくて良かった……のか、やはり翔子にはいて欲しい! そりゃあそうだよな。代わる者などない、この世界の翔子なんだ。……

 ダメだ。さっさと着替えよう。次がどうなるのか全くわからないんだから。




 着替え終わってさっきのドアを開ける。二人はリビングに行ったんだろう。一応どんなところか見て見よう。トイレと言われたドアを開ける。普通の住宅にあるどこにでもあるトイレだった。シャワー室はと見るとこちらはホテルにあるような簡易的なシャワー室だった。次はシャワー室の隣の俺の新しい部屋。ドアを開ける。そこはホテルの二人部屋のようだった。ベットが二つ。あとはテーブルと椅子が一つずつと壁にクローゼットがあるだけだった。そういえば……着替えた服……さっきの部屋に置いてあった。博士がスーツと一緒に移動させてくれていたんだな。後で持ってこないと。

 あ、でも、スーツからまた着替えるからそのままでいいのか。……博士……いきなり困るんだが、着替えがないじゃないか。早速ネットショップを利用するのか……。

 部屋も見終わったんでリビングがある奥の扉を目指す。メガネを気にしながら……、また中心に点滅が現れた時に俺はどうするんだろうか。




 ドアを開けるとすぐにリビングが広がっていた。さっきの部屋が二人用だった。全部で八部屋ある。合計十六人か……ここには大勢来ることを予想して博士が作っていたんだろう。あちらにも十数人いたんだしな。かなり広いリビングのソファーにヒナタとレイナが並んで座っている。ソファーはこの部屋の雰囲気にあっている。窓はなく壁ばかりなのが唯一不自然なところだろう。


「まだ来ないね」


 レイナは探知機を握りしめながらこちらを見て言った。さっきまでずっと探知機を見つめていたんだろう。


「ああ」


 二人は広いソファーに寄り添うように座っている。俺は一人がけのソファーに座る。正面にはキッチンとこれも大きなダイニングテーブルがあった。椅子は六脚あった。大きさは同じくらいだが博士のお気に入りの食卓と椅子とは雰囲気が違う。あちらは非実用的でこちらのは実用的なテーブルだ。

 会話の糸口がない。重たい雰囲気に包まれている。ヒナタは少しレイナにもたれかかるような様子で俺の方を全く見ない。きっと思い出してしまうから見たくないのかもしれない。悪いことにさっきの『樹』と同じようにメガネまでかけている俺を……。



「あーじゃあ、その、休んで来るわ。部屋で」

「あ! うん。そう……そうだね」


 急にスイッチが入ったロボットのようにレイナが答える。しばらくはこんな状態が続くことになるのかもしれない。

 俺は立ち上がりドアを開ける。


「じゃあ、何かあったら呼んで」

「うん。わかった」


 ドアを出て一息つく。ヒナタの傷が癒えるまで、少なくとも俺のことが見れるようになるまではメガネ外しておいた方がいいのか……それはそれでこの世界にいた『樹』を思い出して苦しむんだろうか。どうすればヒナタにとって一番いいのかわからない。ヒナタの為にどうしてあげたらいいのか……何をしなかったらいいのか……わからない。

 新しい自分の部屋のドアを開けて電気をつけて中に入る。誘われるようにベットにダイブする。思っている以上に俺は疲れていたんだ。きっとあの二人もそうなんだろう。レイナも……ヒナタも……。翔子……なんでなんだよ……。

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