第39話 眠る 眠る
何時の間にか眠っていたようだった。目覚めると部屋の明かりが消えていた。暗闇になれると光が漏れているドアの方へ行く。ドアを開けて眩しい光に包まれた廊下へと出る。出てすぐに左側のリビングがあるドアを見る。目が少しずつ光に慣れていくとリビングのドアはガラスがはめ込まれているのですぐに誰もいないとわかる。ドアの向こうは真っ暗だった。右側のドアに向かいドアを開けた。そこにはいつものように眩しくない程度の明かりの部屋があった。だけど誰もいない。今度は奥に行き博士の部屋のドアを開ける。
博士はそこにいた。何かを作っているのか? 博士のそばに寄ってみると俺のスーツを直しているようだった。
「おお! 樹君。起きたのかね」
そばに行くまで俺が部屋に入った事にも気づかなかったのか。
「二人はどこに?」
「ああ、もう時間になったんで部屋で休んでもらっているよ」
そうか、もう三時間経ったんだ。
「じゃあ、あと三十時間以上は何もないと?」
「いや……今回変わった攻撃をされたからね。しばらくはいつ来てもいいように、いつでも戦いにいけるようにしてもらいたいんだが」
と俺の全身を見ている博士。ええ! このスーツをずっと着とけって言うのかよ。でも、博士の言う通りだ。相手が次にどう来るかなんてわからない。今まで通り三十六時間、攻撃の間隔があくのかさえわからないんだ、わがままなんて言ってられない。それに着替えもどうせないしな。
「わかった。これを着ておくよ。だけど着替えがないから用意しておいてもらってもいいか? いつ着れるかはわからないけど」
「ああ、わかったよ。用意しておくよ。それじゃあ僕はコレを……」
博士はスーツの修理の続きがしたいんだろう。ソワソワと手を動かして俺にアピールしている。
「じゃあ、また部屋で休んで来るわ」
「何かあったら呼ぶよ」
「ああ」
博士の部屋を出る。暑苦しいスーツを着てるのは嫌だが仕方ない。諦めて寝よう。自分の部屋へと向かう。
部屋に入りテーブルにメガネを外して置く。癖で寝てる間もメガネつけてたけどさすがにこれは外していいだろう。それにこの装備や武器も。銃や腕輪はテーブルに置いて、刀は椅子に立て掛けた。全部外し終えるとなんだか身軽になった気分だ。明かりを消してもう一度ベットに横になる。スーツは暑苦しいがここは空調が整っている。実際に暑い訳じゃない。ヒナタやレイナは眠れているんだろうか……。
コンコン
「樹……食事だよ」
ドアでくぐもっていたし、寝ぼけた頭できいていたから……どっちの声だったんだろう。
「ああ。わかったすぐ行くよ」
ヒナタであって欲しかった。これ以上あんなヒナタを見ているのは辛い。
メガネも装備も武器もそのままで部屋を出ることにした。敵が現れたら全部装備する必要がある。一つ身につけるのも全部置いておくのも結局は同じだと判断した。メガネをかけるか迷った末の決断だった。ヒナタがどう思うのかわからなかったからだ。
部屋を出てリビングのドアを開ける。ヒナタと博士も食卓についていた。レイナはキッチンでなにかの用意をしていた。
「手伝おうか?」
家では母親の手伝いなどしたこともないのに、つい口をついてレイナに声をかけていた。
「ううん。もう後は運ぶだけだから。樹も席について」
「ああ。うん」
空いている席に適当に座る。なるほど。運ぶだけだ。食卓には缶詰なんかの非常食を温めたものが並べてあるだけだった。レイナが運んで来たのは俺の分だけ。起きるかどうかわからなかったから返事を聞いてから温め直したんだろう。
「ありがとう」
あんなことがあった後なのに……レイナは強いな。俺のご飯を運んでくれたレイナにお礼の言葉が出る。そんな俺にレイナは軽く微笑んだ。
静かな食事が始まった。博士は元々寡黙そうだし、今は楽しい会話どころかまともに会話をするのも難しい。いつまでこんな状態なんだろう……。俺はいつになれば、翔子の事を割り切れるのだろう。ヒナタを見てそんな自分になれる気が全くしない。
「じゃあ、僕はまだやることがあるから、先に失礼するよ」
そう言って博士は食器を運んで部屋から立ち去った。博士が早食いなのは元々かもしれない。前も一人先に食べ終わっていたみたいだし。
レイナは壁に掛けられているのか埋め込まれているのかわからないがパネルのようものを絶えずチェックしている。なので、なかなか食が進まない。あのパネルは探知機なのか。博士も時折手を止めて見ていたし。まるでテレビの画面のように。
ヒナタは少しずつ口にご飯を運んでいる。本当に少しずつ。
非常食という味気ないものを食べているからか、俺もなかなか食べられない。口に入れても味がしない。何か別のものを口に入れているかのように喉を通らない。
静かな時間が過ぎていく。時折聞こえる食器の音以外何も聞こえない。外の音も何も聞こえないから、余計に静かになるんだろう。
「ごちそうさま」
やっと食べ終わった。長い長い食事の時間だった。その間もレイナがいつ敵の出現を告げる声をあげるか気が気ではなかった。いつもならば襲撃がない時間だけど、もうすでに例外だらけだったんだ。今度も例外になる可能性の方が高いだろう。また元の場所に襲撃されるんだろうか。あの部屋に……。
食器を運んで洗おうとするとヒナタが声をかけて来た。
「私の番」
「え?」
「順番交代にしてるの。博士はしないんだけど、私達の間で。今回は私の番。樹……の番は次よ」
ヒナタは『樹』という言葉を口にするのさえ辛そうだ。でも、もう俺の事が見れるようになっている。テーブルから顔をあげてこちらを見ている。メガネをかけていないから見れたのか……。
「樹、食事の用意も順番だからね。次はヒナタでその次が樹だから」
パネルから目線を俺に向けてレイナが言った。
「ああ、うん。でも、俺飯作れないけど」
「缶詰とか、温めるだけだから。料理するわけじゃないから」
少し含み笑いしながらレイナが言う。ホッとする。少しでも笑みが戻ってきた。
「そうか。……そうだ食事の時間って?」
襲撃が三十六時間の間隔でその後戦う時間もある。寝る時間と食事の時間ってどうするんだ? 一日って単位じゃないよな? 半日ずれて来るだから。
「襲撃の後三時間待ってそこから食事の時間になるの。今がその時間。その後は睡眠時間で8時間くらい。起きたら食事の時間でさらに五時間ごとに二回食事をして三時間仮眠の時間になるの。そのあと五時間後の襲撃前に食事をする。あそこに時間表示があるでしょ? あのカウントダウンで食事と睡眠と襲撃と襲撃終了時間を表示してるの。部屋にも同じ物が置いてあるしアラームも設定できるから目覚ましにもなるから使って。引き出しに説明書も入ってるんだけど……博士が書いたから難しく説明されてるのよ。だけど、目覚まし時計とそんなに変わりないから、すぐに使えると思うよ」
次の襲撃時間をカウントするにしては時間が短いと思っていた。リビングにデカデカと飾られているカウントダウンを表示する物。陸上競技なんかで目にする大きなアレによく似ているが、こちらは数が減っている。そして、数の下には睡眠と書かれている。次は睡眠という事だろう。さっきまではそれどころじゃなかったけれど、この表示の前はきっと食事とか書かれていたんだろう。そう言われてみれば部屋にも同じ物があった。時計という物が必要じゃない生活なんだな。じゃあ……ヒナタ達は今がいつなのか、もしかしてわかってないんじゃないのか? 俺ですらもう時間がわからなくなっている。眠っている間、戦ってる間に時間が全くわからなくなる。
「樹? わかった?」
「ああ。まあ。だいたい」
いきなりこんな生活のシステムを突きつけられても……慣れるしかないのか。
「もう! ……でも、まあ、そうだね。いきなりは無理か。しばらくは教えてあげるから、当番はちゃんとしてね!」
「ああ。わかったよ。次は睡眠だよな。シャワーを浴びてまた寝るわ」
少し雰囲気がよくなったけれど、重い苦しい雰囲気は拭えない。何よりも自分自身が考えたり思い出したりしたくなかった。眠っている間は思い出さずに先のことを考えなくても済むんだから……。
「ああ、そうだ。あれって探知機?」
さっきまでレイナが見ていたパネルの事だ。
「うーん。まあ、それもあるんだけど。他にもニュースとか臨時の速報も出たりするよ。博士の急ぎのメッセージもくるし。何でもありって感じかな」
ここで生活する上で必要な情報がすべて見れるってことか。
「部屋にももっと小さいけれどあるよ。透明だし小さくなってるから気づいてないかもしれないけど」
「え? 本当か?」
そっちには気づかなかった。部屋の中では眠る以外の想いを抱かなかったからかもしれないな。
「じゃあ、まあ。後で」
こんな時なんと言えばいいのかわからなかった。適当な会話でこの場から立ち去る。
はあー。慣れるんだろうか。俺も。ヒナタも……
シャワーを浴びて傷口がふさがっていることに気づいた。さっぱりとすべてを洗い流してくれたらいいのに……。
シャワーを浴びたらすっかり眠気が吹き飛んでしまった。スーツは一応新しい物に着替えておいた。部屋に戻り探知機の場所を確認した。俺が使っていない方の奥のベットの壁に絵画の額縁のように飾ってあった。透明な板なので言われてよく見ないと気づかないな。
そして、あのカウントダウンをする機械。ベットのサイドテーブルの上に置いてあった。サイドテーブルの引き出しを開けるとレイナが言っていた博士作の説明書が出てきた。読めば読むほど難しくなる。吹き飛んでいた眠気も戻ってきた。とにかく触って確かめよう。いろいろなボタンを押して鳴る事を確かめる。なるほどレイナが言っていた通り目覚まし時計とたいして変わらない。次に起きる時間にセットする。
いい具合に眠気が襲ってきている。今のうちにさっさと横になろう。味気ない食事でもお腹も満たされた。それもあってかずっと眠り通しだったのにまた俺は眠りにつく。眠っている間は何も考えないでいい。唯一安らげる時間のはずだったのに……何度も嫌な夢でうなされて目を覚ます。なんの夢なのかはわからないし、知りたくもない。考えて思い出したってろくな結果を産まないだろう。
俺は再び目を閉じる。今度こそ目覚ましで目覚めるようにと……。だが、そんな簡単なものじゃないみたいだ。夢は俺を襲い続ける。目覚めて思い出すのは……翔子……。きっと翔子の夢なんだろう。せめて眠りの中だけでも俺を休ませてくれたらいいのに。きっと決断していないことが引っ掛かっているんだろう。自分自身の中で。だから夢に見るんだろう。
だけど休める間に休まないと……いつ襲撃があるかわからないんだ。冴えてきそうになった頭をまた眠りに誘う。今は眠るだけだ。
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