第34話 非常事態
「そんな!」
「そんなこと!」
「今までもそうだったろう。いないのが証拠だ」
「でも、まだどこかに」
「あの中には人はいなかった。全員やられてたんだ。諦めるしかない」
「でも、翔子があ!」
嗚咽の混じった悲鳴に近い慟哭。
それにそうように泣き声が漏れて聞こえてくる。堪えようとして、それでも漏れ出してくる心の叫び声だ。
最初の悲鳴はレイナ、堪えているのはヒナタ……俺はこの状況を上手く飲み込めずにいる。眠っていて目覚めたばかりの頭に言葉が、単語がぐるぐると舞っている。最後の博士の諦めるしかないという言葉と、レイナの悲鳴に近い泣き声とヒナタの必死に堪える声……受け入れるべき現実を受け入れられない俺は寝たふりを続けることしかできなかった。
一度冴えてしまった頭も心も俺を眠りの世界にはつかせてくれなかった。今は何も考えたくなかったのに。
翔子はもういない。戦闘中に命を落とした。だから、死体が見つからない。奴らにやられた時には死体となった体は消えるんだ。次には翔子の姿をした敵に当たるかもしれない。……はたして俺は戦えるんだろうか? ヒナタ達はそれを全部乗り越えてきたんだ。例え涙を堪えながらも。
そばに誰か来た。
「樹? 起きてるよね?」
ヒナタだった。なんで俺が起きてるって気づいたんだ? 俺は起き上がった。
「ああ」
「聞いてた?」
「少し」
「翔子はもう戻ってこない……来れない」
「ああ……」
………
沈黙が続く。どう話を続ければいいかわからない。翔子……。
「樹……戦える?」
レイナが何時の間にかそばまで来ていた。そして、俺に一番過酷な質問をする。
「翔子と……戦える…………わけないじゃないか! 俺は無理だ……できない……出来ないからな」
出て来るのが本物の翔子なのかはわからない。でも、翔子の姿を目の前にして刀など握れない。例え目が違っても腕が銀色に光っていても……戦えない。銃口を向けるなんてできない。
「でも、切られるよ」
「俺は大丈夫だ」
俺は不死身なんだ。切られたって……いつものことだ。
「相手は生体反応を確認して攻撃を続けるみたいなの」
「え?」
「生き残ってる人が少ないのは、あの攻撃に耐えられないからじゃない。死ぬまでトドメを刺されるからよ」
「な、なんで?………」
わかったんだって聞こうとして、レイナが泣いているのに気づいた。
「レイナその話は……」
ヒナタが止めに入る。なんの話なんだ?
「ここで一緒に戦っていた人でやられて敵の姿になった人がいたって言ったじゃない。その中の一人に私は襲われた。どうしても反撃できなかった。その時は死んだフリして倒れて済まそうって考えたの。どうしても攻撃できなかったから。彼をリョウトを……」
………
なんとなくだがわかった。レイナがその彼を、リョウトという仲間を好きだったんだと。
「でも、攻撃は終わらなかった。倒れても襲ってくる。かわしてもかわしても終われない。最後に決意した。するしかなかった。これが本物のリョウトであったら、こんな姿の自分をリョウトは許さない。人を殺して回る殺人兵器になった自分をね。そしてただ姿を似せて作られた何かならリョウトの姿で殺戮を繰り返してなんか欲しくないって。そう思えたらやっと刀を使えた」
「刀?」
「ふふ。全然割り切れてないんだけどね。刀って手に感触が残るんだよね。あの嫌な感じが……」
刀……レイナは普段刀を使っていない。俺が知っているかぎり……。レイナも刀をいつも持って行ってるのに。銃だけの戦闘は危険だ。敵のスピードだとほとんどが接近戦となるから。なぜ銃だけでいつも戦っているんだと思ったら、そういうことだったのか。その時のことを思い出してレイナは刀を使えないのか。だから、博士はレイナの銃だけを改良したんだな。
「レイナ……」
痛々しげにレイナを見るヒナタ……まるでヒナタもそんな苦しみを背負っているかのように。
「だから、樹。樹も覚悟して。翔子の姿をした何かが襲ってきたら、さっさと始末してあげて」
「さっさと始末って……」
「私だったら、そうして欲しい。誰かを傷つける前に、そうして欲しい」
………
「樹、私も、そう……そう思う……」
いつものキレの良さなどまるでないヒナタは何かを自分の中で割り切るようにそう言った。ヒナタにもそういう人がいてもう殺されてしまったのか?
翔子……翔子もそう思うのか?……お前なら一番にそうだって言うな。だけど……翔子の姿を目の前にしてそう思えるだろうか。そう思って刀を使えるだろうか?
「やれる自信がない……」
「樹、私も……ない。翔子に銃口を向ける自信もそのあと銃を使う自信もない。だけど、やるって決めておかないと。気持ちの整理をつけておかないと……今は非常事態なんだから」
「非常事態……」
そうだった。ここも敵にばれてしまった。いくら塞いだとはいえ、今までの戦いに戻る保証はない。さらには翔子を失った。そして、敵として姿を現す可能性が高いんだ。覚悟を決めておかないと一瞬の迷いや判断ミスで全ては消えてしまうかもしれない。例え俺に死が訪れなくても。
「ここを移動することにしたよ」
「え?」
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