第33話 ―――

 今はそれよりも着替えだ。


「樹? 大丈夫?」


 いつも俺に大丈夫? と言葉をかけてくれた翔子はいない。ヒナタの言葉に苦々しい現実を突き立てられたようだった。


「ああ。着替えてくる」


 と、言って重たい体を引きずるように小部屋へと入って行く。今はその言葉を言うだけでいっぱい、いっぱいだった。

 ヒナタが心配して言ってくれていることも、翔子を心配する気持ちがヒナタ達にだってあることもわかっている。だけど、そこをわかっていてもつっけんどんな言い方しか出来ない俺がいた。子供でしかないんだ所詮。何もかもわかって冷静になんてなれない。




 ただ、放課後に戦いにくればいい、体は不死身なんだ、リスクが高いが死ぬことなんてほとんどないだろう……なんて軽く考えていたんだ。だけど、この世界は攻撃され続けていたんだ。ヒーローだった樹もやられてしまうくらい、熾烈な戦いがあったんだ。たった十数名で戦うだけの敵に比べたら貧弱な集団だったんだ。ギリギリのところで戦っていた。だから、博士はわざわざ異世界の俺を呼んだんだ。あんなにも強引で強制的な引きずりこみ方しかできなかったのは、博士の性格もあるだろうが、それほどまでに追い詰められていたんだろう。




 傷口が邪魔になりスーツを脱ぐだけでも一苦労だった。出血はいつものようにもう止まっている。カラカラに乾いているというよりかは出血そのものがないだけのようだ。生々しい傷跡だ。いつ血で溢れ出してもおかしくない。なのにその傷が再生を続けているメキメキと骨から再生を続けている。はぁー。見るのはよそう。気分が悪くなるだけだ。

 新しいスーツを出してくる。足がもぎ取られてるわけでもないし、腕も負傷したがちゃんとついている。着替えられないことはないだろう。今はさっさと着替えて、ソファーに横になって休憩しないと。それしか俺にはできないんだから。




 出口を塞いだ。今後の戦闘時は前と同じになるんだろうか。

 まさか相手もパラレルワールドという並行世界を移動してまでここに攻めてくるなんて思ってもみなかった。博士が念のために玄関を補強してくれていなかったら一体今頃どうなっていたことか。きっとここにまで敵に侵入されていただろう。……そういえばヒナタもレイナも怪我はないんだろうか。自分のことというか翔子のことで頭がいっぱいになってそこまで気を配れなかった。

 着替えが終わる頃には少し落ち着くことができた。事態は何もかわっていないのに……翔子のいない部屋に戻るしかないし、俺は俺の世界に戻れないままなんだけど。




 部屋を出るとヒナタ達はいなかった。博士が何やら工具らしきものを抱えて玄関の扉の方へと向かっていた。


「博士! 翔子は?」

「ああ、まだ見つかってないそうだ。目撃者もいないから見つけるのには時間がかかるだろう。敵の死骸を片付けて行く過程での捜索となるだろうと言われたよ。……見つかるまでに体力が持ってくれればいいが」

「……」


 酷い扱いだ。命をかけてこっちは戦ってるのに優先的に助けてはくれないのか。どこまでも自分勝手な奴らだよ!


「玄関修理するのか?」

「ああ、もう切り離したからどこともつながってないから侵入は不可能なんだけどね。敵は相当な技術持っているようだ、このまま置いておくのも不安なんでね」

「ヒナタとレイナは?」

「プールにいるよ。傷は軽いが次の戦闘に備えて一応ね」

「そう、そうか」

「樹君も横になって休んでくれ。今回は攻撃が予測不能だった。出入り口がなくなったからもうさすがに、もとの樹君の世界に侵入はしないだろうけどね。次にどうくるか……。ここも危ないかもしれないね」


 ここも危ない……。この戦いはどうなっていくんだろう。

 ソファに腰掛けた、博士は玄関がある扉の方へと消えて行った。ヒナタたちの様子はどうなんだろう。さっきの感じだと本当に軽い怪我のようだし……でもわざわざプール入ってる……あの時の俺は冷静ではなかった。頭に血が回って上手く考えられなかったし上手く感情をコントロールもできなかった。……ヒナタ達の様子を見てきてもいいんじゃないかという思いと、今さらじゃないかという思い、そして何よりも強いのがこのまま横になりたいという思い。横になり体を休めるのは自分のためばかりじゃない。そういう言い訳があるからなのか、俺はソファに腰掛けてさらに横なった途端に眠りに落ちて行った……翔子………そこにはメガネをかけてこちらに優しく微笑みかける翔子がいた……ザッザザと画面が変わり……ポニーテールを揺らしながら俺の横で話をしている翔子に変わった。俺はもうどちらの翔子とも会うことは出来ないんだろうか。そしてこの地下室にこもって戦いに続けるのか? 再生を続けるこの不死身な体で。

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