第32話 帰るべき世界

 自分の体を見て愕然とした。翔子を探す為になりふり構わなくなっていた。身体中傷だらけになっていた。途中までは確かに無傷だったのに。


「こんな攻撃の後だから、何が起こるかわからない。それにそんな姿の樹を人には見せられない。戻ろう」


 そういってヒナタは心細い迷子の子供のように俺のスーツを引っ張った。


「樹、私は先に戻るね」


 俺たちの側まで来ていたレイナはそう言って消え去った。あの地下に。


「樹?」

「わかった。戻る。翔子が見つかったら博士のところに連絡は来るんだろうな?」


 俺はこの世界の博士を含む俺たちの位置付けがわかってない。地球を守っているにしては、変人な博士に不死身な元ヒーローに少女三名、あまりに不釣り合いだ。世界はそれで安堵しているんだろうか。……でも、ショッピングセンターや野球場……十分に普通の生活を送り娯楽まで楽しんでいる。この世界の人たちはそれなりに安心して生活してるんだろうな、きっと。


「大丈夫。各国の政府と連絡は取り合っているから」

「各国……」


 地球を守っているんだからそれくらい当たり前なんだけど、博士って………取れんのかコミュニケーション?



「樹! 早く」

「あ、ああ」


 俺はメガネのフレームの触る。




 身体中からいろんな方向に引っ張り出される感覚。今までで一番最悪だ。でも、なにより最悪なのは戻った先に翔子がいないことだ。あのプールの中ですら。




 グラっと体が傾き膝をつく。思っていたよりも負傷しているみたいだ。


「そう、そうか……」


 博士はレイナとなにか話していたようだ。多分翔子のことだろう。翔子……。左右に揺れるやや明るい色の髪が思い浮かぶ。上目遣いなくせになぜか言い聞かされてるみたいな………あれ? これってあっちの翔子……?


「翔子君のことは日本政府と話をしてくる。とりあえず繋いでいた拠点を移動させたいんだ。樹君、いいだろうか?」

「え?」


 突然の話についていけなくなる。なにを移動だって?


「あの玄関の扉と樹の世界の博士の家の玄関の扉を繋いでいたのを切るってこと!」


 ヒナタが堪り兼ねた感じで話に入ってくる。事態は一刻を争うんだろう。


「あ、ああ」


 博士のそしてヒナタの気迫に押されて返事をしてしまった。


「本当にいいの? 戻れない可能性もあるのよ?」


 レイナが冷静に聞いてくる。……だけど、俺に他に選ぶ選択肢があるだろうか。また数時間後に同じ攻撃を受けない保証の方がどう考えたって低いだろう。

 またあちら側の世界にもあいつらが現れて……無知な人間たちはやられるがままだろう。そんな可能性を俺は選べない。例え俺が元の世界に戻れなくても。選べるわけないだろう。


「ああ。いい。博士頼んだ」

「じゃあ、奥で作業するから。樹君は着替えて休養するように。いいね!」

「わかったよ」


 そう言い終わってすぐに博士は早足で奥の扉、博士の研究室に消えていった。各国の政府……この場合は日本の政府に翔子の救助とかを頼むんだろう。そして、俺の世界と博士の世界を繋いでいたのを切る。もうここはどこにも出口のない部屋になったんだ。そして、俺は帰る場所もない身となったわけか。

 懐かしい家の中の自分の部屋に思いを巡らして考える。帰るべき場所を失ったことを……。

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