第19話 博士の匙加減

 朝日を受けて目を覚ます。……なんでこんなに平和な世界の俺がやらなければいけないんだ……という思いがしないでもない。それにしても、あっちの世界でなんで誰も立ち上がらないんだよ! 『樹』に任せ過ぎなんだよ! 世界中で『樹』だけってどういうことなんだよ!


 なんて愚痴ったところで事態は変わらない。今日も放課後は戦いに行かないといけないんだ。昨日家に帰ってから、疲れた体に鞭打って、昔買ったのにすぐに使わなくなったダンベルを探し出して体を鍛え始めた。またか、って顔で家族は見てくれた。夏に向かって体を鍛えているんだって丁度良い言い訳だと思ったけど、そんな言い訳する必要もなかった。誰も何も言わなかった。

 こんなことして、なんか意味があるかわからない。だいたい再生したらせっかく鍛えた筋肉はどうなるんだ? という疑問も出てくるが、生え変わった右腕に違和感を感じないから、失ったものがそのまま前のまま再生されるんだろうと思って、筋トレを続けた。じゃないとやってられない。腕は一瞬で消えたんだし。ああ、それと腹筋もな。


 家の外に出ると今日も翔子に会う。後ろから声をかけられた。


「おーはよ! 」

「おはよう。翔子、今日も元気だな」


 振り返るとポニーテールの翔子がいた。自分で言っといてなんだけど……これならあっちの翔子との違いが多い、紛らわしくないだろう。


「樹は元気ないね。どうしたの? なんか疲れてる? 」


 髪を軽く左右に揺らしながら俺の横に並んで翔子が聞いてくる。こっちの翔子にまさか戦闘疲れだとは言えない。


「夏に向かって体を鍛えはじめたんだ。昨日から」

「ふーん」


 俺をジロジロ見て翔子が言う。


「夏にねえ」

「んだよ!」

「前もそんなこと言って……何日続いたっけ?」


 あ……そうだったあのダンベルも……。


「いいだろ別に!」

「いいけどねえ」


 意味ありげな翔子の顔。三日坊主にはならないって! 今回は辞めたくたって辞めれないんだから。




 放課後になり博士の家に向かう。学校でも授業中とか時間があれば鍛えようか悩んだが放課後にへばって動けなくなると困るし、翔子に変に思われる恐れもある。そう、以前の俺ならそんなことは絶対にしない事なんだから。


 ガチャ


 今日は自分で博士の家のドアを開けた。始めてだな……ヒナタ……本当に大丈夫なん! だろうかと思ってる俺の腕を取りグイグイ中へと引っ張られる。


 バタン


「遅い! さっさと着替える! 」


 さっきまで心配していたヒナタは元気そのもので俺を小部屋へと連れて行く。ヒナタは相変わらずだった。心配して損したよ。スーツを渡され小部屋へ放り込まれた。遅いってなんだよ! 繋いだ時間が問題なんだろ? 完全に博士の匙加減じゃないか。


 着替えて部屋に置いてあった装備品や武器なんかを身につけてから、部屋を出ると険しい顔の博士がいた。ヤバイ昨日落とした銃が壊れたのか? 銃だけ部屋に置いてなかった。銃がないと歯が立たないぞ。昨日の戦いを銃なしで想像する……無理だ。勝てるところが想像できない。


「樹君! 僕って天才だよお! 」


 一瞬にして博士の顔が破顔した。なんで最初険しい顔してたんだよ。


「なんのことです? 」


 銃を壊した手前罪悪感からいつものようには聞けない。下手な俺。


「直すついでにパワーアップして衝撃にも強くしたから! 」


 と、博士は言いながら銃を俺に手渡す。


「あ、ありがとう」


 そ、それはすごい助かる……が! 俺はこっちの世界のために不死身になってまで戦ってるんだ。どうなんだろう? これって?


「パワーが凄いんだ! だから気をつけて使ってくれよ。くれぐれも……」

「翔子達には当たらないようにするよ! 」


 博士の話は長くなりそうなんで、さっさと終わらせた。いかに自分が凄いかこの銃が凄いかをまくし立てて話されそうだった。

 それにしても、この銃、本当に翔子達に当てないように気をつけないと。前の銃ですでにすごいパワーだったのに、あれよりも凄いってどれだけなんだろうか。せっかく前の銃の感覚を少し掴みかけたところだったのに。まあ、その銃を壊したのは俺なんだけどな。

 そういえば……。


「ヒナタの怪我はもういいのか? 」

「え? ああ、もうあれから三十時間以上経ってるのよ。すっかり治ってるわよ」


 ヒナタは最初は少し戸惑っていたが最後はいつもの強気なヒナタに戻って言った。そうかここはあっちとは時間の流れが違うんだよな。……休めないのはむしろ俺かよ!


「来た! 」

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