第18話 大丈夫

「うん。ヒナタは治療中。翔子は博士の手伝いしてる。樹の銃が壊れたみたいで。博士ったら大騒ぎしてるよ」


 一瞬プールで眠る白いワンピース姿のヒナタを思い浮かべる。そして、俺の銃……やっぱり落としたのはまずかったか。その後の戦闘中に蹴られたとか……なんにせよ博士の機嫌は悪そうだな。何言われるか。すでにスーツは右腕全部ないしな。自由になった首で右腕は確認済みだった。

 脇腹は左側をやられた。まだ回復中だ。これじゃあ、まだ戦えない。あ! ああ! 右手の感覚がなかったから落とした銃しか気にしなかった。刀だ!


「刀は?」

「ふふ、なに言ってるの! 樹ってば、左手に持ってたじゃない。私が来た時に翔子が樹の左手から刀を外してたのよ。樹があんまり強く握ってるもんだから、二人がかりで外したんだから」

「あ、そうか」


 思い出した。右腕を切り落とされて、落ちていた自分の右手から刀をとって、左手で敵を切り倒したんだ。そこで意識が飛んだ。目の前にいた敵全て倒したんで気が抜けてしまった。まだ敵がいたら今頃は……ぞっとする。


「とにかくそろそろ三時間経ちそうだから、怪我が治ったら帰っていいだって。博士が」


 博士、よほど機嫌が悪いな。俺に会わずに研究室にこもる気だな。まあ、いいか。こんな状態で博士に小言を言われるのはごめんだ。

 せっかく起こした体をまた床に横たえる。


「そうか、もう少し寝るよ。奴らが来たら起こして」

「ああ、うん。わかった。おやすみ。樹」


 こんな状態で戦えるのかはわからないけど、左手でも戦えたんだ。途中で右手も戻るだろう。全くなんてヒーローだよ。見たことないな。情けない。でも、こうやって這いつくばるようにしても、やらないとダメなんだろう?……『樹』。



「樹! 樹!」


 また呼ばれる。今度は聞き慣れた声だ。

 目を開けると翔子がいる。体を起こす。今度はすんなりと起き上がれた。俺はその場に座り込む。念のため右手を確認する。全部生えたか。

 と、翔子が飛びついてきた! な! なに?


「樹ー!」


 そうだった。この世界の『樹』はいなくなったんだ。俺が倒れているところを発見したのは翔子だ。死なないと言ってもどこまでかわからない。こっちに移動してもすぐに寝てしまったし、完全に安心などできなかったんだろう。


「翔子! 大丈夫だから。離れろ!」


 全身で抱きついてこられても困るんだけど。それにあっちの翔子ではない。こっちの翔子なんだ。涙声で抱きついているのは。そして涙を流す相手は『樹』なんだ。

 すっと翔子が離れた。


「うん。ごめん。大丈夫?」


 なんかずっと翔子に大丈夫? って聞かれてるな俺。確かに頼りなさすぎだからな。さっきはボロボロで自力ではここに戻って来れなかった。


「大丈夫」


 脇腹も確認する。すっかり治ってる。


「大丈夫」


 もう一度言う。翔子は無言で頷いてる。

 翔子の頭をさっき再生したばかりの右手でつかむ。手荒く撫でる。


「泣くなって」


 泣くなって。泣くな。誰に対する涙だよ。


「うん。ごめん。大丈夫!」


 今度は翔子は自分に大丈夫って言って聞かせるように言って涙を拭う。



「じゃあ、帰るな」


 なんかこの言葉さっきまで瀕死の人間のセリフじゃないな。全く不死身ってなんなんだよ!


「うん。また樹!」


 今度はレイナが交代で博士の助手をしているらしい。部屋には翔子しかいなかった。ヒナタも命には関わるほどではないが治療に時間がかかってるようだ。不死身ってすごいな。この回復力……。

 俺はボロボロを通り越してズタボロのスーツを脱いで制服に着替えた。着替えるとまるで何もなかったようだった。



 そして、博士の家のドアを出る。そこには、普通の街並みが続いてる。この世界は異世界のパラレルワールドのことなんて誰も知らずに生きているんだ。そう、つい昨日の俺もそうだったんだ。そして、パラレルワールドに起こったあいつらの出現がこの世界にも起こらないとは限らないんだよな。

 未来なのかそれともそんな未来など来ないのかわからない事に思いをはせて俺は家路に着いた。

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