第11話 痛み

 俺は扉を開ける。そこは最初に入って来た部屋だ。草介の幻に押し込まれた。あの草介の幻はヒナタだったんだな。くそ!女の子とあの草介博士なら負けなかったのに。幻覚のせいで幼馴染の草介とは力が互角だと思い込んでいた。

 そして、入ってきた玄関のドアを開ける。本当ならここは地下のはず。さっきと同じコンクリートの壁があるはず。地下基地だから、後ろにある階段を登って上から出るんだろう。でも、ドアを開けたそこには道があり、家々が並んでいた。さっき見た窓の外がニセモノって気がして来るが、さっきから切られていたのも、あのえぐられる移動の時の感覚も思い出せば疑えない……まあ、もう何が正解なのかわからなくなってるが。人の記憶なんていい加減なもんだな。


「樹君。明日も待ってるからね」

「うわ!」


 油断してたよ。いきなり後ろから声かけるなよ。博士!


「わかったよ。もうゾンビパウダーはいらないからな」


 博士が持ってる物を見ながら言う。パウダーではなくカプセルになってるがあれは多分そうだろう。


「そうか? 心配だなー」

「来るから! それ飲むと心配されて、本当に来れなくなるぞ! 逆に」


 あの時母親が心底、心配してくれていたのを思い出す。あまりの事態に病院さえ行くのをためらっていた。隔離されたりしないかといろいろ心配していた。草介博士に苦情も何も言わなかったのはあまりの恐怖のためだろう。一晩寝ないで付き添ってくれた。夜の間に色がなくなったので安心したんだろう、朝目覚めると母は電気をつけたまま俺の横で寝ていた。


「そうだなー。まあ、いい。来なければヒナタ君に迎えに行ってもらうまでだ」

「何でヒナタなんだよ?」


 ヒナタは使いっ走りには思えない上からの物言いだが。


「この世界のヒナタ君はもう死んでいないんだよ。私と同じで外に出てもいいんだ。別世界の同じ人間が出会うと混乱状態に世界が陥ってしまう。そうならない為にね」

「……」


 この世界のヒナタはもういないんだ……あっちで俺がいないように……草介博士もこちらでは死んでる。なんか複雑な感じだな。


「じゃあな」



 俺は家へと歩き出す。ヒナタは出歩いていたんだよな。ということはこの世界の自分はもう死んでるって知っているってことだよな。……




 ん? なんか時間が……なんだか変だな? 感覚的にはもうかなり遅いはず。春から夏に近づいてるから日は長くはなってきているが……携帯を出して驚く。時間が! いつもの下校時刻とあまり変わらない。そうか、草介の家に行ったのは幻覚だった。そしてあの家に入ったら時が止まってたんだ。だから、あそこに寄り道した分の時間しか経っていない。多少玄関でごねた時間もあったかもしれない。だが、走って帰るほどでもない。

 しかし、あの博士の能力、ここまでできても敵は原始的にやっつけるしかないのかよ。別世界の俺まで借り出しても。




 母親には一切疑われることなく帰宅できた。ん? そうだ! あの頃もこうなってたんだ。小学生の俺が毎日草介博士の家に寄っていた。普通なら下校時間を大幅に遅く毎日帰れば、五年生であっても母親に疑われ問い詰められるだろう。時間だ。下校時間を変えずに帰っていたんだ。俺ってバカな子供だよな。かなりテンション上がって博士にいろんな道具を見せてもらってた。時間もそれなりにかかって当然なのに。ゾンビパウダー飲ませられるまでまんまと通い詰めてたよな。




 夜寝る前にカッターを取り出して、あれは本当にあったことなのか? 俺は本当に不死身になったのか? と、自分の指を切ろうとした。家での時間があまりにもいつも通りで、だんだんとわからなくなったからだ。けれど、結局指を切ることができずにそのまま机の引き出しにカッターをしまい眠りについた。痛いという記憶にどうしても逆らえなかったからだ。

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