トンネル


 地元の心霊スポットを知り、休日の午後、愛犬を乗せてその山奥の旧道にあるトンネルに向かった。

 二十数年前にバイパスが出来てから全く使用されておらず、荒れ放題の道だったが、ぎりぎり車の通れる幅員をトンネルの前まで来た。

 そのまま進入しようかどうか迷ったが、地図上では出口から先の道路表示がなく、徒歩で進むことに決めた。

 草いきれの中、車を降りてビデオカメラを手にする。

 愛犬のシェパードも後をついて来た。名前はボギー、頼もしい相棒だ。

 カメラを回しながらトンネルに入る。ひんやりした空気が身体を包み込み、気持ち良さと少しの怖気を感じつつ先を進んだが、腰の高さまで積もった土砂にすぐ阻まれた。

 苔むした壁面を映し、ずっと奥に見える出口もズームアップしたが逆光が眩しくて、その先がどんなふうになっているのかは見えない。

「やっぱ夜に来ないと雰囲気も味わえないな」

 そう独り言ちていると、急にボギーが激しく吠え出し、トンネル内に声が反響する。

「こらっうるさい」

 叱っても鳴き止まず、首輪を引っ張って外に出た。

 狸か猪かまさか熊ではないと思うが、そんなものを追いかけて迷子にでもなったら大変だ。

 俺は吠え続けるボギーを無理やり後部座席に引っ張り上げ、回しっぱなしにしていたカメラをオフにした後、車に乗り込み来た道を引き返した。

 街に出る頃にはボギーも大人しくなり、何事もなかったかのように後ろで長々と寝そべっている。

 途中カフェに寄りアイスコーヒーを頼んでから、ただの無駄撮りだと思いつつもカメラをチェックした。

 自分の足音が聞こえる中、トンネル入り口、苔むした壁面、高く積もる湿った土砂、ズームアップした出口の映像が流れる。

 その白く光る半円の中で黒い人影が手を振っていた。

 なんだろうと確かめる間もなく、ボギーの吠える声、それを叱る自分の声が入り乱れ画面がぶれた。もう一度確認するため巻き戻しをする。

 やはり手を振る人影があった。

 逆光で見えなかっただけで誰かいたのかな?

 そう思いながら、ぶれたままの映像の続きを見ているとその人影がだんだん近づいて来ることに気付いた。

 スイッチを切る瞬間には俺の真横に立っていた。なのにただただ黒いままだった。

 うわぁ、あの時ヤバかったんだ。だからボギーは吠えていたのか。

 よっしゃ、この動画、あとでネットに投稿しよう。

 ほくほくしながらスイッチをオフにする。同時にアイスコーヒーが運ばれて来た。

「すみません。ハムサンドのテイクアウトできますか? パンにハム挟むだけでいいんだけど」

「え?」

「犬に食わせたいんで」

 俺は窓から見える駐車場の自分の車を指さした。

 ボギーが窓から物欲しげな顔でじっとこっちを見ている。

「かしこまりました。かわいいワンちゃんですね」

 店員はくすくす笑って端末に注文を打ち込む。

 君もかわいいよ。

 俺もそう言いたかったが、いつものように照れて言葉にできない。

 ボギーの激しく吠える声が聞こえた。

 あーわかった、わかった。浮気はしないよ。

 心の中で苦笑いする。

「あ、お客様、あの方お友達じゃないですか?

 先ほどからずっと手を振ってらっしゃいますけど」

 店員が指し示す俺の車の横には黒い人影がいた。

 グラスに浮かぶ水滴がすうっと流れ落ちた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る