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一日中絵を描きたいと、彼は日曜日に出かけて行った。

「何よ!約束でしょう。少しお金を出したからといっていい気にならないで・・わたし厚かましい人は大嫌い」と、追い返されてしまった。

断りもなしに行った自分が悪いと、マイタケは自分を卑下した。

彼のキャロラインへの思いは日々募って行った。思い切って「結婚して欲しい」と告白した。

「妻帯している人が結婚を申し込むの。私をそんな女と思っているんだ。奥さんと別れるなら、聞いてあげてもいいわ」返って来た答えであった。


彼女はマイタケがどんな豪邸に住んでいるのだろうと後をつけた。普通のアパートで、部屋からは妻らしき女性が出てきたのを見たのである。

彼は〈妻が別れてくれるはずがない。10万ドルの手切れ金でも払えば別だろうが…〉

大人しい彼が妻を殺すことを考えた。そして妻の金も手に入れる。殺す方法を考えるようになった。

〈神は我に味方せり〉マイタケはそう思った。妻が交通事故で亡くなったのである。


バラの花束を持って、早速に彼女の元に急いだ。部屋には何もなかった。彼女の衣装も、家財道具も、そして彼の絵も、彼女を描いたあの絵も…。もぬけの殻であった。彼に半年分の家賃の請求が回って来ただけであった。

会社に分かるところとなった。社長は「女か」と言い、「退職金はないよ」と、30年の勤続に免じて警察沙汰にはしなかった。

妻が残してくれたお金が少しは残ったが、マウタケは絵を描く意欲をなくした。それは同時に仕事につく意欲もなくしたことを意味した。彼の飲んだくれる姿が街で見受けられるようになり、やがてその住まいからも追い出され、公園で野宿するようになった。


彼が有名な画商の店の前を通りかかった時、キャロラインを描いた絵を真ん中にして3点、彼の絵が飾られていた。彼はそのキャロラインの絵だけは買い戻したいと思った。今なら、なにがしかのお金が残っている。買い戻したら、又、絵を描く気持ちが戻ってきて、立ち直れそうな気がしたのである。

絵の下の金額を見た。ゼロの数を数えた。1000ドルであった。自分の描いた絵に値段が付いている。不思議な思いだった。画廊に飛び込んで1000ドルを出した。

店主は「お客様、もう一度表の値段を見てください」と言った。表に出て見てみると、ゼロが一つ多くついていた。「自分の絵にこんな法外な値段をつけたのは誰だ!」

彼は絵が評価されたことより、絵に値段がつく理不尽を呪った。彼に残されていたお金は1000ドルだけであった。


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