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日曜日を待って、マイタケはそのカフエに出かけて行った。約1時間近く待たされたが、彼女は花柄のワンピースの上に赤いカーデガンを羽織って降りてきた。この前の黒い服装と違って華やいで若々しく見えた。

「ごめんなさいね。お寝坊で。お化粧に時間がかかったの」と、コーヒーをマスターに注文した。

「いやぁー、僕の方こそ突然訪ねてきて、申し訳ないです」彼は持ってきた花束を渡した。

「嬉しい!赤いバラね。私の好きな花なの。花も描かれるのですか?」

「あるものは何でも、描かないのは女性だけです。モデルがいないから」

「あら、じゃー私を描いてほしいわ」

「ほ、本当ですか!嬉しいなぁー。キットですよ」

彼女は小指を差し出した。


マイタケは「絵は心です。美しいと思えば美しく描けます。愛しいと思えば愛がこもった作品が出来上がります」と、絵の持論を語った。

「素晴らしいお言葉ですわ。お芝居にも言えますわね。私たち芸術家同士、話合いますわね」

彼は思った。「こんな人と一緒に住めて、好きな絵を描けたらどんなに幸せだろう」と…。自分が結婚していることは喋れなかった。まして不幸な結婚であるなんて…。


会社でトーマス、彼の数少ない友人の一人である。彼とは20年来の付き合いである。腕のいい営業マンとして引き抜かれてやって来た。

「ようー、マイタケ。最近元気がいいね!何かいいことがあったのかい」と声を掛けてきた。

「ちょっとね。最近いい絵が描けるんだ。今晩見に来てくれよ」

トーマスは彼の唯一の絵の理解者でもあった。彼は楽器を弾ける人や、絵を描ける人を無条件で尊敬する人であった。

「俺なんざ、仕事以外にすることは、酒を飲むかトランプをするぐらいだ。芸術を友とするお前を尊敬するよ。お前の絵は遠近感がない分、独特な味がある。上手いのか、下手なのか分からないが、俺は好きだよ」と、言ってくれている。

「行くのはいいが、悪いけど、嫁さんの顔を見るのかい」

「今夜は職場の連中と芝居を見に行って遅いんだ」


「これは何だ?手首とバラの花だけじゃないか」

「綺麗な手だろう」

「でも、黒い薔薇とは何だ。黒い薔薇なんてあるのかい」

「何でも中国にあるらしい。花言葉は『あなたは私のもの』って言うらしい」

「おいおい、モナリザが泣いているぜ」

「『雨に泣くモナリザ』という題なんだ。笑顔や微笑みの向こうには涙があるんだ。僕にはそう思えるんだ」

「絵の傾向が変わってきたなぁー。恋する人の絵だぜ」

「冷やかすなよ。女房からくすねたワインがあるんだ」

「バレたら厄介じゃないのかい。知らないよ」

「1本ぐらいわからないよ」

会社の同僚たちの噂話を肴に二人は飲んだ。

「そろそろ、女房が帰ってくる時間だ。ご馳走さん」と、トーマスは帰って行った。


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