p3
日曜日を待って、マイタケはそのカフエに出かけて行った。約1時間近く待たされたが、彼女は花柄のワンピースの上に赤いカーデガンを羽織って降りてきた。この前の黒い服装と違って華やいで若々しく見えた。
「ごめんなさいね。お寝坊で。お化粧に時間がかかったの」と、コーヒーをマスターに注文した。
「いやぁー、僕の方こそ突然訪ねてきて、申し訳ないです」彼は持ってきた花束を渡した。
「嬉しい!赤いバラね。私の好きな花なの。花も描かれるのですか?」
「あるものは何でも、描かないのは女性だけです。モデルがいないから」
「あら、じゃー私を描いてほしいわ」
「ほ、本当ですか!嬉しいなぁー。キットですよ」
彼女は小指を差し出した。
マイタケは「絵は心です。美しいと思えば美しく描けます。愛しいと思えば愛がこもった作品が出来上がります」と、絵の持論を語った。
「素晴らしいお言葉ですわ。お芝居にも言えますわね。私たち芸術家同士、話合いますわね」
彼は思った。「こんな人と一緒に住めて、好きな絵を描けたらどんなに幸せだろう」と…。自分が結婚していることは喋れなかった。まして不幸な結婚であるなんて…。
会社でトーマス、彼の数少ない友人の一人である。彼とは20年来の付き合いである。腕のいい営業マンとして引き抜かれてやって来た。
「ようー、マイタケ。最近元気がいいね!何かいいことがあったのかい」と声を掛けてきた。
「ちょっとね。最近いい絵が描けるんだ。今晩見に来てくれよ」
トーマスは彼の唯一の絵の理解者でもあった。彼は楽器を弾ける人や、絵を描ける人を無条件で尊敬する人であった。
「俺なんざ、仕事以外にすることは、酒を飲むかトランプをするぐらいだ。芸術を友とするお前を尊敬するよ。お前の絵は遠近感がない分、独特な味がある。上手いのか、下手なのか分からないが、俺は好きだよ」と、言ってくれている。
「行くのはいいが、悪いけど、嫁さんの顔を見るのかい」
「今夜は職場の連中と芝居を見に行って遅いんだ」
「これは何だ?手首とバラの花だけじゃないか」
「綺麗な手だろう」
「でも、黒い薔薇とは何だ。黒い薔薇なんてあるのかい」
「何でも中国にあるらしい。花言葉は『あなたは私のもの』って言うらしい」
「おいおい、モナリザが泣いているぜ」
「『雨に泣くモナリザ』という題なんだ。笑顔や微笑みの向こうには涙があるんだ。僕にはそう思えるんだ」
「絵の傾向が変わってきたなぁー。恋する人の絵だぜ」
「冷やかすなよ。女房からくすねたワインがあるんだ」
「バレたら厄介じゃないのかい。知らないよ」
「1本ぐらいわからないよ」
会社の同僚たちの噂話を肴に二人は飲んだ。
「そろそろ、女房が帰ってくる時間だ。ご馳走さん」と、トーマスは帰って行った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます