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彼はコーヒーを注文し、女はウイスキーをロックで注文した。

「僕はマイタケ・ジョーダンと言います」

「マイケル・ジョ…」

「いいえ、マイタケです」

「私はキャロライン・スミスです」二人は名前を名乗りあった。

彼が自分の仕事を喋ろうとしたとき、彼女は

「当てましょうか。私、感がいいのですよ」と、いたずらっぽく笑った。

「銀行員?違ったかしら」

出納係、当たらずとも遠からずと思っていたら・・

「ひょっとして、芸術家?」

「ええ、絵は描きますよ。好きです」

「画家。当たったわ!有名?」

「僕は絵を売らないのです。描くのが楽しみなのです」

〈売らなくても生活が出来る、きっとお金持ちなんだ〉と彼女は思った。時間を見るために彼が取り出した銀の懐中時計を見て、思いは確信に変わった。


「私は何に見えます?」

「お綺麗だから、女優?」

「ピンポーン。最もあまり売れてない女優ですけど」

「世間は見る目がないなぁー」

「ありがとう。私、仕事を選ぶでしょう。だから貧乏…」

着ているものは貧相でなかった。被っている帽子だって高そうだとマイタケは思った。

「時間ですので、帰りますが、また逢えますか」

「暇していますから、ここのマスターに言ってもらったら、降りてきますわ」

また逢える。彼は天にも登る気持ちであった。


彼はハイスクールの時、好きな女の子が出来て、「ガールフレンドになってほしい」と勇気を出して言った。「私のタイプではないわ。鏡見たことある?」と断られた。鏡を見たが、人並みの顔だと思えた。〈キット彼女は面食いなのだと〉思った。それ以来、女性には臆病になった。


***

家に帰ると妻はすでに寝ていた。悪いと思ったが喜びを分かち合いたいと起こして懐中時計を見せた。妻は「眠いのに…」と不満げに目をこすって、

「それで、金一封でも出たの。30年を懐中時計1個で誤魔化された訳?お人好しね。お給金上げて貰いなさいよ」と、そのままベッドにまた潜り込んでしまった。

妻が「素敵ね。この時計。ご苦労様でした」とでも、言ってくれたら、3ついいことがあったことになり、彼は幸せの絶頂を味わったことになったのだが…。


妻のジュリアンは3歳上で、腕のいい保険のセールスウーマンで、彼より数段給料がよく、いつも彼の安月給を馬鹿にしていた。そのくせ自分の稼ぎは全て貯金に回し、家計は彼の給料だけで賄っていた。ラジオも買えないと愚痴っていたが、「自分の金で買えばいいだろう」と思ったが、マイタケは口にはしなかた。言えばどれだけの口数が帰ってくるかは想像出来たからである。

自分の貯金は、亭主が突然の不幸に見舞われたとき、か弱い女が一人で生きていくためのものであり、本来なら亭主の稼ぎから貯めるものであるが、自分は自分で稼いで貯めているというのが言い分なのである。


ジュリアンのもう一つの不満は彼が絵を描くことであった。ガラクタにお金をかけて、部屋が臭いというのである。北の寒い部屋がそれ様に与えられているが、ひと部屋なくなり、家が狭いと文句なのである。

家事、炊事は一切しない。給料の低いほうがすべきであると決められ、マイタケが一手に引き受けさせられている。

彼女が生命保険の勧誘に会社にやって来た。彼女の方が積極的だった。前夫を病気で亡くして寂しかったのだろう、彼も同情した。顔立ちもそれなりであった。妻が変わったのは、亡夫の生命保険のたくさんの金が降りてからであった。お金は人を変えると言うが、その典型みたいなもので、マイタケがお金を狙っていると警戒するようになったのである。

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