第6話 マイさん

 マイさんの最後の姿は、どんなだったか。

 普通に、じゃーまたねー。みたいな感じで、別れた気がする。


 一緒にいられた時間のほとんどを、薄暗い部屋に籠って、費やしていたせいか。彼女の顔を思い出そうとしても、少しだけぼんやりとしてしまう。


 鼻筋の通って、はっきりとした目をしていて、ライブハウスで光を浴びながら、物憂げな表情で歌っていた彼女。

 それも正しい記憶か、今となっては怪しいものだ。


 自然消滅、ではなく、

 突然消滅、みたいな。


 普段の生活の中から、ただ一つ、マイさんとの関係だけが、すっかり消えて無くなっていた。


 とどのつまり、僕はマイさんと連絡が取れなくなった。

 理由はわからない。


- 大丈夫?-

- 携帯なくしたりしてるとか -

- 計画していた全国ツアー、かな。

もしそうであれば、頑張ってくださいね。

応援しています -

- 連絡ください。待ってます -


 初めは、心配していた。

 そのうち怒りが湧いて、やがて、悲しみと寂しさに覆われた。


 どれだけ絡み合って、深く繋がったと感じていても、あれだけ貪るように、互いを求め合っていても。


 生活環境も、

 行動範囲も、

 人間関係も、

 何一つとして、同じコミュニティには属していない。


 僕と彼女を繋ぐツールは、何にも繋がれていない、四角くて硬い、薄っぺらな機械だけだった。


 マイさんと連絡が取れなくなってから、彼女を探さなかった。と言えば、それは嘘になる。


 関係の途絶えた相手を探す、だなんて、とても気味の悪い行動だと、思われるかもしれないけれど。


「当時は若さもあった」

「今は諦め上手な大人になった」

 なんて言ってしまえば、聞こえはいい。


 確かにそれが、純愛からくる衝動だったなら、若さを言い訳に、美化して語ることもできただろう。


「心配で、いてもたってもいられなかった」

 そんな気持ちも無くはないが、そればかりではない。


 僕は彼女に依存していたのだ。

 彼女との繋がりを感じることで、寂しさを紛らわせていた。

 失ってから実感するなんて、本当に愚かなことだと、思うけど。


 僕はまず、彼女のバイト先を訪れた。

 彼女の家に押し掛けるほどの勇気は、まだなかった。


 居酒屋チェーン店。まだ時間も早くって、客も少ない様子で。見るからに若い女性の店員さんは、制服姿の僕にも、敬語で対応してくれた。


 訪問理由を尋ねられて、マイさんの名前を出すと、店員さんは困惑したような顔をして、奥へと消えていく。やがて、社員と思われる男性の店員さんが出てきた。


「ご用件は?」と尋ねられ、

「昔、お世話になって、捜していて……」と、嘘のような本当のような答えをする。


「彼女、先月に辞めてしまったんですよ」

 その答えに、どこかほっとしたような、がっかりしたような。そんな、曖昧な顔色をしていた僕に、彼は何かを察したのかもしれない。


「ご結婚されて、○○のほうに引越したと聞いています」


 そう、僕に教えてくれた。


 いろいろと、いろいろと、感じて、

 何かが無くなって、何かが芽生える感じがした。


 それは、枯れ枝を無作為に踏みつけるような乾いた色をしていて、

 だけど、両手によく馴染むほどに粘りついて、離れなかった。



 その帰り道。メールが、ぶるると届く。

 後輩の女の子からだ。最近、また頻繁に送られてくる。


 自分に、とても懐いていて。彼女が僕に好意を寄せていることを、僕は知っていた。


 彼女には全くと言っていいほど興味はなかったけれど、

 隙だらけで、隙だらけで、何て隙だらけなんだと、そう思った。

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