第4話 りっじもんとな秋宵
祖母の家は、やたらと細長い。
祖母は玄関側、僕は裏口側と、両端に部屋が置かれていたため、祖母に関わり合いを拒絶されるようになってからは、顔を合わせることもほとんど無くなっていた。
そのため、ちいこさんの家で晩御飯を食べて帰るときも、学校からの帰りが遅くなったり、朝帰りになることがあっても、僕は祖母に連絡をしなくて済んだ。
それほど祖母は、僕に対する興味を失っていたようだった。
庭から敷地に入って、裏口から自室へ戻る。マイさんとカラオケに行ったのは、ちょうど、そんなことをし始めた頃だ。
カラオケのことは、あまり覚えていない。当時のことを思い出そうとしても、その日の夜のことを思い出してしまう。マイさんに誘われて、彼女の部屋に上がったときのこと。
そこは一軒家で、彼女の部屋は二階にあった。大きな家だったが、他の家族は見かけなかったと思う。
引っ越してきたばかりの弟と妹はまだ他人行儀で、彼女の部屋に近寄ることはないと、マイさんは言っていた。
部屋に入ると、三段重ねのショーケースのようなものが目についた。机の上に置ける小さなもので、その中には様々な色の小瓶が並んでいる。
「香水を集めているんですか?」と聞いたら、
「それ、触っちゃダメ」との返事。
触ろうにも、小型の南京錠がかかっていて開けることもできない。
椅子に座ったまま、しばらく所在なさげに、部屋を見回していると、ベッドに腰掛けていた彼女は立ち上がり、ショーケースの南京錠を解いた。そして、小瓶を一つ手にして、おもむろにその蓋を開けると、マイさんは中の液体を口に含み、飲み込んだ。
僕が驚いて見つめていると「味見してみる?」と、彼女が尋ねてきた。
その答えを返す間もなく、気づいた時には、僕の口は彼女の唇に覆われていた。
唇を重ねたまま、僕らはベッドへ倒れこんだ。彼女に頭を抱えられ、僕も離れようとはしなかった。
マイさんが舌で舌を撫で、慣れないながらも、僕はそれに応えるように絡めてみたりした。少し苦いのは、さっきの小瓶の液体だろうか。
襟付きのシャツが脱がされる。
けど、そんな最中でも、彼女は僕に口呼吸を許さなかった。息が仕方がわからず、酸欠気味になる。押し倒すの、男女逆じゃないか、と考える自分もいたりして。
やがて唇を離すと、にやけ顔の彼女に「初めて?」と尋ねられた。僕はキスのことか、それともこれからのことか考えたけど、前者だとしても、こんなに深く長くしたことはなかったので、はい、と答える。
彼女は微笑むと、今度は短いキスをした。
マイさんはそのまま履物に手をかけ、下腹部へ唇を這わせはじめる。
お風呂に入ってなかったことを思い出して、「あ、ダメです!」と抵抗した。
のに。
行為のあと、彼女に「なんで僕なんですか?」と聞いたら、
「若い身体が好きなのと、あと可愛かったから」と、ちょっぴり不本意な答え。
相手してもらえるのも、若いうちだけなのかな。とか、乙女のように考えたりしていた。
それから僕らは度々、身体を重ねた。初めのころは彼女の部屋で、そのうちに僕の部屋ですることが多くなった。僕らが自室で何をしていたか、少なくとも祖母は気づいていないと思う。
マイさんは行為の前に、例の小瓶を口にすることがあった。僕は危ない薬なんじゃないかと思って、しつこく尋ねるとしぶしぶ教えてくれたが、やはり危ない薬だった。
その液体は、世間一般では飲んではいけないもので、「誤飲してしまった」という設定で、彼女は口にしていると知った。
彼女はその小瓶を僕には絶対に触らせなかったし、口移しでも飲ませる、なんてことも無かった。僕は飲みたいとも思わない。そして、できれば彼女にも飲んでほしくなかった。
当然、彼女のしていることがダメなことも知っていた。けれど、それを止める勇気が無かった。ほんとへなちょこだった。
マイさんとの関係が無くなってしまうことが怖かった、と言ってしまうと、彼女のせいなる気がして、嫌だけど。
お互いに恋愛感情があったかは、わからない。僕は……やっぱりよくわからない。
いとしく思うときもたぶんあって、そのときは好きだったんだと思う。例えそれが、依存に似ていたとしても。彼女との関係が、ただ寂しさを埋めていたんだとしても。
マイさんとの関係は、ちいこさんはもちろん、学校の友達にも言えなかった。秘密の関係みたいで、少しだけ浮かれていたけれど、誰にも相談できなくて、ちょっとせつなく感じたこともあった。
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