第3話 らいぶはうすな出会

 学校の友人に誘われて、ライブハウスに行ったことがある。ちいこさんから晩御飯をご馳走してもらうようになって、少しした頃のことだ。

 その友人の幼馴染が出演する、とのことで、特に予定もない僕は誘われたその場で、いいよ、と答えた。


 雑居ビルのような場所にあったそのライブハウスで、人見知りと場所見知りを併発した僕は、開始早々から後方に置かれた椅子へと避難する。

 演奏を聴き流しながら、妄想にふけることで時間を消費する作戦だ。

 四組いた出演者の中で、友人の幼馴染は最後の出番だった。そのため、帰りたくても帰るに帰れない。


 先鋒の男性は、コミカルなピアノの弾き語りだった。演奏よりもトークのほうが面白い。

 二番手の男女ペアは、男性がサックスを奏でて女性は唄うスタイル。大人でジャジーな感じ。

 第三の男は、ギターとハーモニカを使いながら、バラードを歌う。ゆずと山崎まさよしを足して四で割ったような印象だ。

 トリは、バンド演奏。友人の幼馴染はボーカルだそうだが、シャウトが煩いだけで、僕にはその良さがわからなかった。

 そんな統一感のない組み合わせに違和感を覚えながらも、ライブは無事に終わりを迎える。


 その後、「打ち上げに誘われている」と友人が言い出し、なぜか全く関係のない僕も参加するハメになった。行った先には、二番手の男女ペアとトリのバンドメンバー、そしてその知り合い達がいて、合わせて十五六人はいたと思う。

 手持ちのお金も少なく、人が苦手なため、帰りたくて仕方がなかったが、断る勇気もないダメっぷりを発揮して、促されるまま友人の隣に座った。


 目の前には、ジャズを唄っていた女性。

マイという名だと、自己紹介を受ける。僕は下の名前に「ちゃん」付けで呼ばれて、少し恥ずかしい気分だった。


 マイさんは、どこからあの声量が出るのか不思議なほど細く、露出した肩と鎖骨がセクシーに思えた。

 化粧はナチュラルだったが、まつ毛はくっきりしていて、アイラインの引かれた眼には力があった。ハキハキとした喋り口調から、元気な女性という印象を持たせる。


 彼女は積極的に僕に絡んできた。楽しくなさそうにしている僕を気遣ってくれたのかもしれない。

 すっかりマイさんと話し込んだ会食の後には「また観に来てね」と言われて、僕らは連絡先を交換することになった。


 その翌日、スマートファンにメッセージが届いた。マイさんからだ。

「昨日はありがとう!」とかそんな内容で始まって「今日はがっこ??」が最後の文章。

 僕は「はい、そうです。マイさんは何しているんですか?」と返信する。

 そうやって数日間やり取りが続いた。


 彼女は飲食店でアルバイトをしていて、お金も貯まったので、今は音楽仲間と全国のライブハウスを巡る計画を立てているとのことだった。


 じゃあ→もうしばらく会えませんねー。なんてことを書いたら、

 じゃあ→今日、学校終わったら会わない?という流れに。

 自分から誘わせた感も否めないと思いつつ、僕は、いいですよ。と返した。もちろん友人らには内緒だ。


 マイさんとは、繁華街のある駅前で待ち合わせをした。彼女と会うのは二度目だったが、前に会った時とは少し印象が違った。

 前はちょっと派手でセクシーな感じがしたけれど、その日の彼女は薄化粧で、それでも顔立ちは綺麗だった。大きな丸ボタンの並んだ薄い灰色トレンチコートに、黒のタイツだかレギンスにロングブーツの姿。

 トレンチコートの首まわりから覗く素肌に目を奪われる。彼女はそんな僕の気も知らず「制服だ!」とハイテンションだった。


 彼女は当時二十八歳で、僕とは十歳以上も歳が離れていたものの、性格は明るくて、ちょっと幼いところもあり、歳の差はあまり感じなかった。


 CDショップに行き、好きな音楽について話をして、雑貨屋に行って、小物を買うのに付き合う。

 晩御飯は自炊ですか?と僕が尋ねると、彼女は、普段はバイト先のまかないか、外で食べることが多いと答え。逆に尋ねられては、晩御飯は普段あまり食べないという話をした。

 そこから家族の話になり、祖母のことはあまり言わなかったものの、彼女は何か察したらしく「じゃあ、今晩はお姉さんが奢ってあげよう」と言った。僕は普段なら断るが、どこか離れがたくも感じていたので「自分の分くらい出しますよ」と言って、二人で食事に行くことにした。


 入った店は居酒屋で「好きなものを食べなさい!」と、彼女はメニューを広げる。

 あまり居酒屋に入ったことがなかったため、あれこれ悩みながら、お好み焼きを指さすと「それだけ?もっともっと!じゃあ、勝手に頼んじゃうよ」と、彼女はどんどんと注文していった。

 机の上に次々と並べられていくお皿。

お財布の中身が気になり、はじめは会話もままならなかったが、そのうち、どうにでもなれ!と開き直って、箸を伸ばした。

 マイさんの頼んだものは、どれも美味しかった。


 マイさんは、祖母のことについて深く尋ねない代わりに、自分の話をしてくれた。

 小さいときに親が離婚し、母方に引き取られたこと。自分も祖父母の家で育ち、今もそこに住んでいること。かなり歳の離れた弟と妹がいるが、父親が違うこと。母親が最近また離婚したこと。母親は弟と妹を連れてきて、今は一緒に暮らしていること。

 サックスを吹いていた人は彼氏などではなく、ときどきセッションする仲で。前回のライブはサックスの人に誘われたため、他の人のことは良く知らない。など。


 僕は「マイさんの歌声が一番響いていて、上手いと思った。また聴きたい」と伝えた。それは正直な感想だった。

 すると、「じゃあ今度、一緒にカラオケに行こうか」と提案された。「君の歌声も聴いてみたい」と。


 僕は人前で歌うのは苦手で、歌うときは声が更に小さくなってしまうのだが、また会う約束ができたことに舞い上がってしまい、彼女の提案を受け入れた。次回、会う日どりをその場で決めて。


 最後に会計をしようとレジに行ったとき、

店員さんに「もうお済みですよ」と言われ、驚く。終わりがけ「お手洗い」と言って席を立ったマイさんが、先に済ませていたのだ。

マイさんは明るく元気な美人さんだが、とても男前な人だった。

「次は僕が奢ります」なんて言いながら、その日は別れた。

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