サユーと親友

「お前、そのうち捕まるぞ?」

「え?」

 左右はそんな事を言われた。

 どうして? と小首を傾げながら疑問符を頭に浮かべていると軽く溜息を吐かれながら説明がなされた。

「あのな、ウシガエルも特定外来生物に指定されてんの。だから、生きたまま運ぶのは違反なんだって」

「え? そうだったの?」

「そうだったよ。て言うか、ブラックバスやブルーギルが特定外来生物に指定された翌年に指定されたよ、ウシガエル」

「知らなかった……」

 左右は自身の血の気が引いていくのを実感する。傍から見れば徐々に青褪めいく様子が見れただろう。

 まさか、ウシガエルも条例で生きたまま運んでは駄目だったとは知らなかった。河童に頼まれてから結構経つが、その間ウシガエルはどれも生きて輸送していた。

「だから、ウシガエルを捕まえて食べてるってまでは言っていい。けど、生きたのを持って帰って捌いたってのは言うな。絶対に。いいな? ばれたら懲役三年以内か三百万以下の罰金だった筈」

「う、うん」

 ねじの切れかけたブリキ人形のようにぎこちない動作で首肯する左右。

「ま、持ち帰ったとしても別に他の場所に放すとか飼育目的とか売買目的じゃないから、ばれてもそこまで罪は重くならなんじゃね?」

 あくまで憶測だけどな、と左右にウシガエルが特定外来生物と教えた眼鏡の青年――東方辰博は缶ビールを煽って、つまみのウシガエルの唐揚げを貪る。

 彼は左右の高校時代の同級生だ。一緒にいた時間は短いが、高校を卒業して違う大学に進み、社会人となっても電話やメールで会話をし、時折会っては朝まで飲んだりする程に仲がいい。

 仲がいい要因となったのは、互いに霊感が強い事か。自身の体験を共感出来ると言う事もあってか、一緒のクラスになって数時間で仲が良くなった。

 現在、辰博は代理店勤務をしている傍ら、副業として祓い屋をしている。左右よりも霊感が強く、幽霊や妖怪に対して攻撃する術を持っている。

 別に寺生まれと言う訳ではないが、先祖代々霊感が強く、それらに困っている人々を助けていたそうだ。なので、攻撃する術は辰博の祖父から教えて貰った。

 幽霊や妖怪の頼みを訊く左右とは、ある意味で対の存在である辰博。しかし、だからといって無差別に幽霊や妖怪を払っている訳ではない。完全なる害悪な輩以外は話し合いをしたり、譲歩して貰うよう頼んだり、なるべく血生臭くない方向へと事を済ませようとする。

 そんな彼は左右と同じように個人経営っぽく祓い屋をしているのではなく、きちんとした組織に所属している。

 少し前に一族の殆どが悪霊によって滅んでしまった陰陽師の生き残りと、半死半生を彷徨った事のある少女と人外の輩によって構成された組織で、職場兼彼等の住居はかなりのアットホーム感が漂っている。

 ただ、現場では誰一人としてふざけず、緊張の糸を切らさずに仕事をする。つまり、オンオフをきちんと使い分けているのだ。

 もし、仕事での彼等しか知らなかったら、仕事外の彼等のギャップにかなり驚かされる事もあるだろう。辰博もそうだった。

 今の所、彼の仕事仲間と左右は面識を持っていないが、職業柄そのうち会合するんじゃないか? と辰博は思っていたりする。

 因みに、どうして辰博がウシガエルが特定外来生物だと知っていたかと言えば、仕事仲間の人外がそう口にしていたのをその耳で訊いたからだ。それから、何となくインターネットで調べたのだった。

 その知識が、まさかここで役に立つとは思わなかった、と辰博は感慨深く思う。

「因みに、その事は誰にも話してないよな?」

「うん。話せばご近所さんや職場の人達から冷たい目で見られそうだから秘密にしてる。知ってるのは北見さんくらいだよ。勿論、食べてるってだけで、生きたまま家に持って帰ってるっては言ってない」

「北見さんって、あぁ、『豆腐小僧』の。まぁ、あそこの人達なら大丈夫だろ」

 辰博もまた北見家が営む『豆腐小僧』と住んでいる豆腐小僧の事を知っている。以前起きた事の解決に少しばかり左右に手を貸したのだ。

「あ、因みにアメリカザリガニはまだ特定外来生物に指定されてないから心配するな。その一歩か二歩くらい手前にいるけど、生きて運んでも罰せられねぇよ」

「それを訊いて安心したよ」

 左右はほっと息を吐いてザリガニフライを口に運ぶ。

 現在、彼等は左右の家にて宅飲み中。アルコール類は辰博が買ってきて、つまみは左右がさっと揚げた。

 辰博が来た時点で既に時刻が十一時を過ぎていたので、彼は虎子とは会っていない。虎子は左右と違って規則正しい生活を送っており、十一時前には就寝している。

 もんたんは午前午後と少しばかり重労働をしていたので疲れが溜まっていた。なので、もんたんも今日は虎子と一緒になって休んでいる。

 なので、こうして左右と辰博だけが起きてだべって食べて飲んでいるのだ。

「にしても、食事にほぼそれらが並んで飽きないのか?」

 空になった缶を傍らに置き、新たに缶ビールを開けながら辰博は左右に尋ねる。左右曰く、一週間にブラックバス、ブルーギル、ウシガエル、そしてアメリカザリガニのうちどれかが必ず食卓に上がり、一週間以内に全種類食すそうだ。

「俺は飽きないね。結構美味しいし。あ、バスよりギルの方が美味しいよ?」

「そこは訊いてねぇよ。まぁ、確かに旨いけどさ」

 そう言って、辰博はブルーギルのフライへと手を伸ばす。

「お前はいいとしても、虎子ちゃんはどうなんだよ?」

「虎子も別に気にしてないけどね。何時も美味しそうに食べてるし」

 左右の家に居候している虎子は文句は言わない。これが不味かったら、流石に抗議しただろうが、普通に美味しいので気にもしない。因みに、彼女の一番のお気に入りがエクルヴィスバターだったりする。それをパンに塗って食べると、頬が落ちそうになるのだとか。

 最初こそ抵抗感はあったが、今となっては何時もの食事と言う認識となっている。また、彼女の場合は学校に持って行く弁当がスーパーで買った普通の食材で出来ているので、左右よりもブラックバスなどを食べる頻度が少ないのも影響しているだろう。

「流石は都会っ子……とでも言えばいいのか?」

「どちらかと言えば、都会っ子こそ食べないと思うけどね。虎子の心が大らかで物怖じしない性格だからじゃない?」

 と、辰博と左右はちびちびとビールを飲む。

「あ、そう言えば南さんとはどうなったの?」

「ん? あぁ、朱美とは特にこれと言って進展はねぇな」

「そうなんだ」

「あぁ。別にすれ違いもねぇし、一緒に出掛けたりもするし、普通だよ」

「そっか。普通ならよかったよ」

「流石にずっとこのままってのはないから、ある程度貯蓄溜まって安定してきた頃合を見てプロポーズするわ」

「その時は、少しぐらいなら手伝うよ?」

「あんがとよ。まっ、そう言うのは自分一人でって決めてっから大丈夫だ」

「そっかそっか」

「て言うか、お前はどうなんだよ? 彼女作らないのか?」

「今はいいよ。と言うか、作ろうとしても作れないし」

「何でだ?」

「職場の人達、俺以外既婚者だし、利用する人も同上」

「そうか……」

「それに、ブラックバスとかウシガエルを取って食べる奴の事が好きな女性っていないだろうし。むしろ軽蔑されそう」

「自分で言うかそれ? いやいや、中には虎子ちゃんと同じように平気な女もいるかもだろ? 希望を持てよ」

「……そだね」

「で、サユーとしてはそんな虎子ちゃんの事どう思ってるんだ?」

「妹」

「即答かよ……」

 ビールを飲み、つまみを食べて、親友と他愛もない話をしながら、彼等の夜は更けていく。

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