もんたんと豆腐小僧
妖怪一反木綿のもんたん。
もんたんは左右が夜勤に赴いている間、とあるアルバイトをしている。
勿論、人の形を取って、人に紛れて賃金を稼いでいる訳ではない。
妖怪相手にアルバイトをしているのだ。
左右が出て行ったら、もんたんはまず自身の身体を清める。汚れが一つないようにきちんと水にぬらして洗濯用洗剤で揉み洗いし、洗剤が残らないようきちんと洗い落として身体を乾かす。
午後四時半。もんたんは鍵のかかった窓の隙間から外へと出て行き、とある場所へと飛んで向かう。
いい具合の夕暮れの光に照らされたある商店街の一角。それもあまりに人目が向きにくい場所に構えている豆腐店。
何十年も続いている老保の豆腐屋『豆腐小僧』。もんたんはそこでアルバイトをしている。
「おっ、もんたんじゃないか。もうそんな時間か」
店先に出ていた店主である北見玄太四十七歳はもんたんの姿を見るなり破顔する。彼もまた、霊感を持っておりもんたんの姿を見る事が出来る。
「じゃあ、何時も通りそこで体を洗ってからあいつの所へ行ってくれ」
【分かりました。今日もよろしくお願いします】
「おぅ、こっちこそな」
玄太は店の奥を指差し、もんたんは頭を下げて店の奥へと向かう。
この店は玄太の住居も兼ねており、そのまま進むと住居の廊下へと繋がる。もんたんは廊下を移動し、浴室へと向かう。
浴室で更に身体を清め、まっさらな状態になったもんたんは豆腐を作っている料理場へと向かう。
『あ、もんたん。待ってたよ』
調理場にはおよそ十歳くらいに見える子供が前掛けをして豆腐作りをしていた。
この子供は人間に非ず。妖怪豆腐小僧だ。妖怪の中でも特に危険が無く、ただ豆腐を作って誰かに食べて貰う事だけを生き甲斐にしている。
ただ、豆腐小僧の中には悪戯好きな輩もおり、そう言った者は豆腐を食べるとカビが生えるような微妙な呪いを作った豆腐に付加している。
まぁ、その呪いは豆腐を食べて一時間くらいしか効果がなく、そのカビも直ぐに洗い落とせて後遺症も合併症も発症しない人畜無害なカビなので、命の危険はない。ただびっくりするだけだ。カビの生えた人間にとってはびっくり所ではないが。
この豆腐屋『豆腐小僧』で豆腐作りをしている豆腐小僧はそんな悪戯大好きな悪餓鬼魂が溢れてはいない。純粋に美味しい豆腐を食べて欲しいが為に作っている豆腐小僧の中の豆腐小僧なのだ。
さて、そんな豆腐小僧だが。二種類の豆腐を作っている。
絹ごしだとか木綿だとか、そう言った種類ではない。人間用と妖怪用の二種類と言う意味だ。
厳選した大豆とにがりを用いて作られる豆腐。きめ細やかで程よい弾力。そして型崩れしにくく香りがよい。近所でも評判の豆腐だ。それらは豆腐小僧直伝で、代々北見家に技を伝授し、その味を受け継がせている。
北見家の人間が作るのが人間用の豆腐だ。無論、豆腐小僧も人間用の豆腐を作るが、その多くは北見家の人間が作り出す。
逆に、妖怪用の豆腐は豆腐小僧だけしか作らない。いや、作れないと言った方が正しいか。豆腐作りの一環に、己の妖力を豆腐に流し込む工程がある。この妖力入りの豆腐は妖怪が食べれば疲労回復の効能が現れる。ただし、人間が食べると妖力にあてられて腹痛が襲い掛かってしまう。
一応、その腹痛はお腹が緩くなる程度で、一時間弱で収まる。それでも、到底人にはお出し出来ないしなとなってしまうので、きちんと作業場と時間帯を分け、人間用の豆腐と混ざらないように細心の注意を払っている。
で、もんたんがアルバイトとしてやるのは妖怪用豆腐作りのうち、木綿豆腐の最終工程における木綿で余分な水分を出す作業だ。
その木綿に、もんたんが己の身体を提供している。
妖力を込めた豆腐は、普通の木綿で水分を出すとどうしてだか同時に妖力も出て行ってしまう。反面、妖怪一反木綿で水を出すと妖力は流出しない。
これは一反木綿自身の妖力で豆腐に込められた妖力を包み込んでいる為、水と一緒に出ない。この特性を活かして、豆腐小僧はもんたんに頭を下げて手伝いをしてくれないか? と誠心誠意頼んだ。
もんたんは快く引き受け、こうして豆腐屋でのアルバイトが始まった。
『じゃあ、何時も通りにお願い』
【分かりました】
もんたんは並べられた三方に穴の開いている大きな木の型箱に身体を乗せる。そこに豆腐小僧が投入とにがりを合わせて凝固させて一度崩したものをもんたんの上から型箱へと流し込む。その後に重しを乗せて水を徐々に滲み出していく。
もんたんが木綿豆腐の手伝いをしている間、豆腐小僧は絹ごし豆腐を作っていく。絹ごし豆腐に使われる型箱には穴が無く、豆腐の材料となる豆乳とにがりを入れる。その後も重しをしないでそのまま固まるのを待つ。この工程故に、こちらは妖力があまり出て行かない。
そして、固まって豆腐が出来るまで暫し待つ。その間、もんたんと豆腐小僧は雑談を交わしながら時間を潰す。
豆腐が固まる頃合になると、重しを退けて状態を確認。完成したら型箱の中で豆腐を一丁ずつに切り分けて容器に入れていく。豆腐を全部切り分け終えて、型箱が空になるともんたんは僅かに身体を持ち上げ、自身の体をねじって水分を排出する。
その後、残った水が垂れないようにと豆腐小僧がボウルを構えながら浴槽へと向かい、そこで綺麗に洗い流してアルバイトが終了となる。
『もんたん、今日もありがとうね。はい、これ御礼』
体も乾かし終え、帰る時分に豆腐小僧から封筒と豆腐を一丁手渡される。封筒には本日分の日給が入っている。
【ありがとうございます】
もんたんはそれを身体の端でしゅるりと掴み、頭を下げる。
『いやいや、手伝って貰ってるのはこっちだからね。これぐらいはさせてよ』
【すみません】
『だから、いいって』
手をぶんぶんと振る豆腐小僧と頭を下げるもんたん。
因みに、この豆腐は北見家の人間が作った木綿豆腐だ。基本的にワイルドな食生活を送っている裃家の食事情を知ってから、こうしてもんたんが手伝ってくれた日には出来たての豆腐を持たせる事にしている。
北見家はもんたんだけではなく、左右にもその昔世話になった事がある。もし、左右との関わりが無ければもんたんと知り合う事も無く、下手をすると豆腐屋自体がなくなっていたかもしれない。
それ程の危機を左右に助けて貰ったので、北見家の人間は左右に足を向けて寝られないのだ。そして、その時の恩を少しでも返そうとこうしてもんたんが来る日は豆腐を手渡しているのだ。
「じゃあな。左右にもよろしく言っといてくれ」
『またよろしく頼むね』
【はい。お世話になりました】
玄太と豆腐小僧に見送られながら、もんたんは自宅へと帰る。
時間帯的に虎子が帰宅している時間なので、玄関から入る事が出来るので豆腐もきちんと持って帰る事が出来る。
この豆腐は虎子の夕飯の一品に加えられ、左右の夜食に食される。
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