サユーともんたんと従妹と河童
五色町、とある池にて。
左右ともんたん、そして居候中の従妹虎子は岸部に椅子を用意して釣り糸を垂らしている。
何故彼等が釣りをしているのかと言うと、頼まれたからだ。
誰に?
河童に。
この池に住んでいる一匹の河童。おおよそ二百年は住み続けており、古巣もといマイホームと化している。
そんなマイホームだが、ここ近年で池の生態系が変わって来てしまっている。
所謂、外来魚の放流だ。ブルーギルやブラックバスと言った食欲旺盛な魚達が放たれ、外からやってきて住み着いたアメリカザリガニやウシガエルと共に、元々いた魚や昆虫達を貪り始めたのだ。
当然、河童はその外来種達を駆逐するべく立ち上がった。しかし、この池には河童は一人。仲間はいない。更に、知り合いの妖怪はてんで水の中が駄目と来た。結局の所、一人だけで対処に負われる事となった。
更に言えば、あまり無益な殺生はしたくない性分だった。なので、捕まえたブラックバスやアメリカザリガニは彼の食事となり、消化されて行ったが当然容量的に限界が生じ、一日当たりの消費量もたかが知れている。
食べても食べても、減るどころか増えていく始末。なので、取ったブルーギルやウシガエルは知り合いの妖怪にお裾分けしたりして頑張って数を減らしていったのだが、毎日繰り広げているうちに身体を壊してしまった。
それに加えて、ブラックバスやブルーギルに滞在している寄生虫にやられそうになり、活動を休止するしかなかった時期も存在していた。現在では寄生虫に寄生されないよう、きちんと火を通して食すようにしている。
そんな時、風の噂で訊いたのだ。
人間でありながら、幽霊や妖怪の姿が見えて頼み事を引き受けてくれる者がいる、と。
河童は知り合いの妖怪に、その人間――つまりは左右に頼み事がしたいからこの池に来てくれないか? と言伝を頼んだ。
そして、池に来た左右に御礼をするから外来種の数を減らすのを手伝って貰えないか? と頭を下げて頼んだ。
左右は快くそれを引き受けた。
なので、基本的に土日は少し早めに起きて、仕事に向かう前にこうして池に来て外来魚駆除の為に釣り糸を垂らしているのだ。
それに加えて、池に外来種を放流しようとする馬鹿野郎どもを牽制する為、もんたんと共にホラー映画張りの恐怖を植え付ける為に一芝居売っていたりもする。
その御蔭で、徐々にではあるが外来種の数は減ってきている。
「あ、来た」
浮子が沈んだので、左右は釣竿を上げる。すると、ブルーギルが一匹釣れた。釣れたブルーギルの口から釣り針を外し、ナイフで首をかき切って絶命させる。ブルーギルやブラックバスは生きたまま持って帰る事が出来ないと条例で定められているので、釣り上げたら殺す必要がある。
釣り上げた外来魚達は裃家の食卓に上がる。ブルーギルやブラックバスは淡泊な味わいで、意外と美味だ。特に、フライにすればそこそこいける。
更に尾鰭よりの部分の身にも切れ目を入れて血抜きをし、内臓を取り出して少しでも臭いを弱めようと言う算段だ。
本当なら、清流に一週間くらい放して泥臭さを抜けばより美味しくいただける筈なのだが、その方法が取れないのでこうして血を抜いたり内臓を抜き取ったりするしかないのだ。
抜いた血も取り除いた内蔵も、そのまま池の岸部に放置するのではなく、それ専用の容器をわざわざ用意してその中に仕舞い、きちんと持って帰ってから処理をする。
血抜きも内蔵取りも終えたブルーギルを、クーラーボックスに投げ入れて釣りを再開する左右。クーラーボックスには既に十匹以上もの外来魚が物言わぬ亡骸となって鎮座している。
【来ました】
と、今度はもんたんの釣竿に獲物が掛かった。もんたんは焦らず、好機を窺って一気に引っ張り上げる。
釣れたのは魚ではなく、ウシガエルだった。
【獲ったどー、です】
もんたんはウシガエルの口から釣り針を取ると、麻袋の中に放り込む。その中には今し方釣り上げたウシガエル以外に六匹ほど入れられている。
このウシガエルたちも、裃家のディナーとなる運命にある。蛙は鶏肉ににた味わいで、不味くない。どちらかと言えば鳥よりもさっぱりしているので、多く食べられる。
主にその太い腿肉を焼いたりフライドチキンならぬフライドトードにして食べ、内臓を取り除いた胴体はスープの出汁に使ったりする。
ウシガエルを麻袋に入れ終えたもんたんは餌を釣り針につけて再び池に糸を垂らす。因みに、現在のもんたんは人の姿を取っている。とは言っても、あくまで人のような形を作っているだけで、近くで見ても遠くから見ても人間には見えない。
なので、霊感のある者が訪れて悲鳴を上げられないように長靴にベスト、帽子とわざわざ釣り人の恰好をし、マスクとサングラスを着用している。
逆に、この恰好のまま町を出歩けば不審者扱いされそうだが、当人たちは全く気にしていない。
「よっと」
従妹の虎子は学校指定のジャージに身を包み、タコ糸の先に括り付けたスルメを池に放り込み、どんどんとアメリカザリガニをフィッシングしていく。
高校一年生。華奢な体形で小柄な齢十五歳のうら若き乙女な虎子だが、蛙やザリガニを平然と触る事が出来るし、虫も鷲掴みする事が出来る、大変肝っ玉な女子高生だ。そして、彼女も左右と同様に霊感があり、幽霊や妖怪を見る事が出来る。
釣り上げたアメリカザリガニを強引に剥ぎ取り、水の入ったバケツに適当に放り投げる。バケツには既に満杯で、うじゃうじゃとアメリカザリガニが犇めいている。
「あー、そろそろ次のに行かないと」
と、虎子は新たなバケツを用意して、池の水をその中に入れる。
この釣り上げたアメリカザリガニ共も、当然彼等の胃の中へと消える運命にある。ブルーギルやブラックバスと違い、生きたまま運ぶ事が出来るので綺麗な水の中で暫く餌を与えないで飼い、泥臭さを抜いてから食す。
エビフライならぬザリガニフライにしたり、てんぷらにしたり、殻を砕いてスープの出汁に取ったりする。更には、細かく砕いた殻を大量のバターと共に炒め揚げ、それを濾して冷蔵庫で冷やしてエクルヴィス(ザリガニ)バターを作ったりもする。
裃家の食費は、この外来種によって浮かす事が出来ている。特に、釣り上げた次の日は魚&蛙パーティーを開く。まぁ、流石に世間の目を考えて学校や職場の弁当に持って行く事はない。
『ふぅ、大量に獲れたど』
池の水面から顔を出した河童はすいすいと泳いで水から上がる。緑色の皮膚に亀の甲羅、ちょっと飛び出た尻尾に水かきのついた手と足、そして頭に皿が乗っかっていて、まさにこれこそが河童だと胸を張って言える姿をしている。
そんな河童の手には網が握られており、中には大量のブラックバス、ブルーギルが捕えられている。水中を泳ぎ、追い込み漁をして網の中に入れて行ったのだ。
『だば、おらはちょっちこいつら焼くんで』
「おぅ」
【はい】
「あ、手伝いますよ」
河童は焚火を熾し、ブラックバスとブルーギルを順次絞めて串を差し、焼いて行く。虎子もザリガニ釣りを中断して河童の手伝いを始める。
河童が焼いているのは河童自身の御飯と、知り合いの妖怪へとお裾分けする分だ。まずは自身の腹を満たす為、焼き終えた外来魚を順次ついばみ、どんどんと胃の中へと納めていく。
おおよそ十五匹平らげた所で腹が満たされ、残りをお裾分け用にしていく。
ピピピピ、ピピピピ。
「お、もう時間か」
左右はセットしていたスマートフォンのアラームを訊き、釣りをやめて片付け始める。彼が片付け始めたのを見て、もんたんと虎子も釣り竿を片付け始める。
左右はこれから仕事だ。だが、流石に魚を捌いた生臭い手と服で仕事場に向かう訳にはいかず、一度家に戻って身を綺麗にしないといけない。
その目安の時間として、少し余裕を持った時刻にアラームが鳴るようにセットしておいた次第だ。
ちゃかちゃかと片付けを済ませ、左右がクーラーボックスと廃棄物の入った容器、それに簡易椅子を、もんたんがザリガニの入ったバケツ二つを。そして虎子がウシガエルの入った麻袋と釣竿を手に持つ。
「じゃあ、今日はもう帰るな」
【今日も大量でしたね】
「では、また明日」
『今日もあんがとな。だば、また明日もよろすく』
左右達は河童に別れを告げ、河童は手を振って帰っていく左右達を見送る。
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