サユーともんたんと猫又

 深夜零時過ぎ。

「よし、行くかもんたん」

【はい】

 就寝している虎子を家に残し、きちんと施錠を済ました左右はリュックを背負い、もんたんに跨って夜の空へと駆け上がる。

 通常、妖怪は人の目には見えない。霊感が強い者や、その妖怪が意図して姿を見せようとしない限りは視認出来ない。

 廃墟に訪れた先日のカップルは運よく……いや、運悪く霊感を少しばかり持っていたが為におぼろげにもんたんの事が見えてしまったのだ。

 常人では見る事が出来ないので、例え空を飛んでいても怪奇現象扱いはされない。ただし、上に乗る左右は例外だ。あくまで妖怪だけが見えないだけで、触ったり乗っていたりする人間は普通に確認出来る。

 怪奇、空を飛ぶ人間。と、一部のゴシップにバンと大きな見出しと共に掲載される運命が待ち構えるが、そこはそれ。左右としてももんたんには何年も乗っている。なので、ある程度の対処法は身に付いているのだ。

 まず、昼間には絶対乗らない事。緊急事態に陥らない限りは太陽の下もんたんには乗らない。地球を照らす太陽が没してから乗る事にしている。

 更に、衣服もなるべく夜闇に溶け込めるように黒か藍色で統一し、街灯などの光が反射しないように金属類が露出しないように注意をする。

 最後に、最低でも二十メートル上空を飛んで移動する事。太陽の隠れた夜、夜闇に溶け込める服装、そして高高度により、下からは左右がもんたんに乗って空を飛んでいるとは分かりにくくなる。

 もんたんに乗り、空を移動する事二十分。

「ここら辺だな」

【そうですね】

 左右ともんたんは地上へと降りる。彼等が降り立ったのは森のど真ん中だ。ベッドタウンに点在する森の内の一つ、その中でも公園と池を内包している大き目の場所だ。

 人気が無い公園の端に降りた左右ともんたんは森の中へと進んで行く。公園内は外灯である程度の視界は確保されていたが、森の中は暗闇が支配している。

 夜目はある程度よいが、それでも猫などに比べれば周囲が見えない左右はもんたんの端っこを掴み、慎重に前へと進んで行く。時折、もんたんが止まっては左右に足元を注意するよう赤文字で訴え、左右はそれに従って歩く。

 妖怪故に、夜の森の中でも昼間のように辺りを確認出来るもんたん。いっその事、もんたんに乗ったまま森を移動すればよいのだが、もんたんはあまり体力がない。休憩なしでは最大で三十分しか左右を乗せて飛ぶ事が出来ない。

 しかも、それは直線飛行に限っての話だ。上昇や下降はその分体力を使い、障害物をよける為に蛇行もすればごりごりと体力を削られる。

 それに、有り得ないとは思うが森の中で他人と遭遇してしまった場合、霊感の無い者だった際は人が宙を浮くホラー現象と捉えられてしまう。霊感がある者にとっては未知との遭遇になるだろう。

 なので、森の中ではもんたんには乗らず、自らの足で進む左右なのであった。

『……で……なん』

『ほぅ…………とな』

『……んにゃ……です』

 森の中を進んでいくと、遠くから話し声が聞こえてくる。

 そちらの方へと進んでいくと、少しだけ開けた場所に出る。

 そこには、数匹の猫がたむろしていた。猫種は様々で、黒一色のものや、三毛、更にはノルウェージャンフォレストキャットやメイクーンもいる。

 ここに集まっている猫は、ただの猫ではない。どの猫も尻尾が二本存在している。

 つまりは、妖怪猫又だ。

 猫又は普通の猫が十年以上生き永らえて妖怪化したものだ。ただし、妖怪化した後も姿を見せて普通の猫と同じようにふるまい、今まで通りの生活を送っている者が大半だ。尻尾も一本のままのように見せかけるので一目見て妖怪だと分からない。

 基本的に、二本の尻尾を隠さないのは人里離れた場所に住んでいるものか、こうして人目のつかない場所で集会をしている場合だ。

 今日は月に一度ある猫又達の集会の日だ。こうして集まって近況報告したり、愚痴を零し合ったりする。

『おっ、来よった来よった』

『遅いっすよ、サユーさん』

『早くこっち来るにゃ』

 猫又達は左右の姿を見付けると、招き猫のように手招いたり、彼の足下に擦り寄ってきたりする。皆、彼の到着を今か今かと待ち侘びていたのだ。

「はいはい、お待たせしたねっと」

 左右は背負っていたリュックをおろし、中身を取り出す。

 大き目の瓶が一つ。液体に浸かったマタタビが中に閉じ込められている。所謂、マタタビ酒と呼ばれるものだ。綺麗に洗ったマタタビをホワイトリカーや氷砂糖と一緒に瓶に入れて漬け込んだ物だ。

 このマタタビ酒は左右お手製のものだ。彼の実家にはマタタビの木が生えており、実が生るとそれを収穫してマタタビ酒を作っている。

 ただ、ここ数年は実家に生えているマタタビだけでは足りないので、市販のものも買って酒に浸けている。

 足りなくなった原因は、猫又達の集会で振舞われるからだ。一度に飲む量はそこそこ多く、集会一回で大きな瓶一つを消費するペースだ。

 なので、一年で十二もの大きな瓶に入ったマタタビ酒が必要になってくる。

 マタタビの実が生る季節になると左右は大量のマタタビを購入してはマタタビ酒を作る作業を繰り返している。

 無論、猫又達からは対価を頂いているので、決して無償で提供している訳ではない。実利があるので、こうして左右は猫又達にマタタビ酒を用意しているのだ。

 リュックから取り出したマタタビ酒を木を彫って作った小皿に注ぎ、猫又達の前へと置く。

『えー、それでは。もう何回になるか分からない集会もとい酒宴を本格的に始めたいと思いますにゃ』

『『『にゃー』』』

 猫又の内、最年長であるメイクーンの猫又が音頭を取り、他の猫又達が声を上げて一斉にマタタビ酒を舐めはじめる。

『にゃはぁ……やっぱマタタビ酒は溜まらんにゃあ』

『生きてるって素晴らしいですたい』

『毎度毎度、サユーさんあざっす』

 いい感じにほろ酔い状態になった猫又達は更にマタタビ酒を舐めたり、日頃の愚痴やめでたい報告をしたりする。

『毎日毎日、服を着せようとするのは勘弁して欲しいにゃ。わっしは人じゃにゃいのに……』

『あー、分かるっす。向こうさんは可愛いからって着せようとしてくるんすけど、おいら達にとっては邪魔でしょうがないんすよね』

『そうにゃ。わっしらに服はいらんのにゃ。けど……子猫の時から世話になっているから嫌とは言えないのにゃ』

『飼い猫の宿命として受け入れるしかないっすよねぇ』

『にゃあ。それに、わっしの場合は死にかけの時に拾われてにゃあ。命を救われたにゃ。だから、余計に言えないのにゃ』

『おいらも烏に襲われてた所を助けて貰った恩義があるっすから、強くは言えねぇっすよ』

『結局は、着るしか道はないのかにゃあ……』

『何とも世知辛いっすねぇ……』

 メイクーンが三毛猫に愚痴を零し、三毛猫はそれに共感する。二匹とも何処か遠い目をしながら合間にマタタビ酒を舐める。

 因みにこの二匹、所属は別々だが猫カフェ勤務の猫又である。

『おぅ、訊いとくれ。儂の娘がな、先日出産したんじゃ』

『おぉ、おめでとうございますにゃ。お孫さんは何匹生まれたんですかにゃ?』

『女の子四匹じゃ。皆めんこくてのぅ。ついつい遊んでやりたくなるんじゃが、その都度娘に止められてのぅ』

『まぁ、生まれて直ぐはまだ無理ですにゃ。仕方ないですにゃ。もう少し大きくなってから遊んであげればよいと思いますにゃ』

『そうじゃな……。しかし、ほんにめんこくてのぅ。ここに主人からくすねて来た一枚の写真があるんじゃが、どうじゃ? めんこいじゃろう?』

『可愛いですにゃ。将来は美人さんになる事間違いなしですにゃ』

『そうじゃろうそうじゃろう』

『あ、じゃあ後日お祝いの魚を持って行きますにゃ。お孫さんにお乳を与える娘さんに精をつけさせてあげて下さいにゃ』

『おぉ、それはすまんのぅ』

 黒ブチの猫又が孫が生まれた事を報告し、真っ黒の猫が純粋に祝いの言葉を送る。

 こうして、猫又達の夜は更けていく。

 因みに。

『にゃあ、相も変わらず美味しいマタタビ酒をありがとうにゃ。さぁ、遠慮せず撫でまわすがよいにゃ』

「はいはい」

【ゆらゆら】

『にゃぁぁ!』

『身体が勝手にぃぃ!』

 マタタビ酒を提供した左右は膝の上に乗ってきたノルウェージャンフォレストキャットの頭を撫で、もんたんはゆらゆらと揺れて猫又達を刺激して所謂猫じゃらし的なポジションに収まり、日頃のストレス発散を手伝うのであった。

 こうして、猫又達との夜が更けていく。

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