サユーと幽霊少女

 M県K市五色町にあるベッドタウン。そこに裃左右は住んでいる。

 今からおよそ三十年程前に都市開発が為され、その周りを囲うように住宅街やデパート、大型スーパー等が作られた。更に、その住宅街の周りには田園や畑が広がっており、少し大きめの山も聳えていてのどかな田舎の風景を垣間見る事が出来る。

 ベッドタウンは都会とも田舎とも言えない中間の立ち位置にいる。公共バスもそこそこ走っていて、地下鉄も伸びている。高い建物はあまりなく、街路樹が植わっているので緑は多い方だ。森や沼も点々と存在しており、そこで昆虫採集や釣りも楽しむ事が出来る。

 少し行けば都会。少し行けば田舎。そんな所だ。

 左右の住むアパートは田畑寄りの場所に建っている。

 二階建て全八部屋。家賃は少し高めだがその分部屋はそこそこ広い。その内二階にある二○二号室に居を構えている。

 間取りは少し広めのリビング、キッチン。ダイニングはない。トイレに浴室は別々で、洗面台もある。そして大体六畳くらいの物置部屋が存在している。

 この春、大学を余裕を持って卒業した左右は一人暮らしを始めた。が、実質一人暮らしではない。

 その理由は二つ。

 一つは、彼に恩を感じている一反木綿のもんたんが一緒に住んでいるからだ。元々左右が実家に住んでいた時も一つ屋根の下にいたので、左右が家を出るのと同時にもんたんも彼についてきた次第だ。

 そして、もう一つは三月最終日に従妹が住み着いたからだ。

 従妹の名は西条さいじょう虎子とらこ。彼の七つ下で、今年十六になる高校一年生だ。彼女の両親、つまり左右の叔父叔母は海外に出張しており日本にいない。なので、日本に残った虎子は裃家に厄介になる事になった訳だ。

 で、通う事になっていた高校は左右の実家からよりも左右の借りたアパートからの方が近かった。左右の実家からだと地下鉄とバスを乗り継いで一時間程。左右のアパートからだと自転車で十五分の場所に位置している。

 なので、虎子は左右のアパートへと居を構える事となった。

 故に、六畳の物置部屋は虎子の自室となり、左右はリビングに布団を敷いて寝る事にしている。

 この部屋の主、左右の起床時間は遅い。およそ正午を少し回った頃から午後二時の間だ。そこから起きて昼食と言う名の朝食を取り、その間に洗濯物を済ませ、掃除機を掛けた後職場に持っていく弁当兼従妹の夕飯を作り始める。

 そして、およそ午後三時四十分前後に家を出て職場へと向かう。外にチェーンで繋いでいるT字ハンドルのママチャリに跨り、漕ぐ事二十分弱で到着する。

 彼の勤めている公民館はかれこれ約三十年もの歴史を持っている。つまり、このベッドタウンが出来たと同時に建てられたのだ。

 公民館は二階建てで、出入口は正面と裏にある駐車場側の二つ。一階には畳敷きの和室が二部屋、椅子とテーブルのある会議室が三部屋、そして職員が常駐する受付事務室がある。二階には調理室とバドミントン、バレーが出来る体育館と更衣室がある。

 二階に体育館があると言う珍しい構成をしているので、バドミントンやバレーをやっている利用者がジャンプをする度に、一階に響くのが少々の欠点と言えよう。

 二十台の車が止められる駐車場を完備し、車を使って来館する利用者が多い場合は裏手にある公園の一角を臨時駐車場として使用出来る許可を取っている。

 左右の勤務時間は午後四時十五分から午後九時十五分の五時間。それを週六日続ける。

 夜勤担当職員は基本的に一人で、都心部に近い公民館や他の施設と併設している所では二人態勢となっている。彼の勤める公民館は都心部よりも田舎の方に近く、また他の施設とも併設していないので一人勤務となっている。

 勤務内容は窓口と電話での受付だ。部屋の使用予約を受けたり、使用料を受け取り領収証を発行し、部屋の鍵を受け渡す。そして使い終えた部屋の鍵を受け取るのが主な仕事だ。

 夜間と言う事で昼間よりは来館する利用者の数は少ない。しかし、時期によっては夜間でも大勢の利用者が訪れる事になる。更に、窓口での受付対応時に電話が鳴り響いた時は一人では手が回らなくなる。

 それでも、基本的にゆったりと出来る時間帯なので、ストレスが溜まる事はあまりない。

 それに、ストレスが溜まるような事が起きても、直ぐに癒してくれる存在がこの公民館にいるのだ。

「で、これをこうやってこうすれば……はい、鶴の完成」

 午後六時十五分。勤務開始から二時間が経ち、昼担当の職員が既に帰宅して一時間が経過。左右は受付窓口の近くの椅子に座り、キラキラ光るホログラムの折り紙で鶴を折っていた。

 職務怠慢……しているように見えてしまう。いや、見えてしまうのではなく実際にそう見えるのだが、左右が折り紙をしているのにはきちんとした理由がある。

『おぉー!』

 左右の目の前で、目を輝かせる女子が一人。ただし、半透明。

 彼女の名前は河野こうの綾乃あやの。享年十二歳の幽霊だ。ただ、別にこの公民館で命を落とした訳ではない。と言うよりも、この公民館で死亡事故は一度も起きていないし、殺人事件も起きていない。綾乃の死因は交通事故。一年前、学校帰りに公民館の前で信号を無視した暴走車に轢かれ、命を落としてしまった。

 死した際、幽霊となった綾乃は成仏せずにこの公民館に居ついたのだ。最初は誰も綾乃の姿を見る事はなかったが、四月に左右が来た事によって存在が明らかになった。

 ただ、彼女自身は別に呪いを振りまく怨霊や悪霊の類いではなく、至って普通の幽霊だ。いても別に害はなく、どちらかと言えば話し相手が出来たと言う事で左右にとってちょっとのプラスになっている。

 で、左右が折り紙をしている理由の一つは彼女に教える為だ。何でも、生前彼女は折り紙をそこまで折れなかったそうだ。折れたとしても、単純な紙飛行機やインコくらいで、他はてんで駄目だったらしい。

 死して尚、その事が未練の一つだったので、夜な夜な左右に教えを乞うてるのだ。

 きちんと段階を踏んでおり、最初は少し簡単な物を教え、次第にハードルを上げていった。そして今日、そこそこ難しい折鶴への挑戦と相成った。

 因みに、折った作品達は窓口に置いており、ちょっとしたディスプレイにしている。折り紙をしている理由の二つ目が窓口を彩る事で、最初は鍵の貸出簿と小型のカレンダー、それにボールペン立てくらいしかない殺風景な印象があった。それが折り紙によって、少しばかり賑やかになった。

 ただ、あまり置き過ぎるとごちゃごちゃするので日に五個を目安に置く事にしている。

 折り紙は特に昼間にくるママさんバレーの人に好評なようで、小さな子供達の目も引いいているそうだ。特に、左右の作品が。

「はい、じゃあ綾乃ちゃんやってみようか。本の通りにやれば大丈夫だから」

 左右は折り紙の本を机に置き、一枚のホログラム紙を綾乃へと手渡す。

『よしっ』

 気合を入れて、綾乃は折り紙に取り掛かる。その間に、左右も別の作品を折り始める。

『完成……あ、あれ?』

 作業を初めて数分。綾乃は時折左右に質問をしながらも折り上げる事が出来た。

 が、どう見てもそれは鶴には見えなかった。

 本来、斜め上を向く筈の鶴の首と尾は、何故か水平に伸びている。更に、翼も同様に横に伸びていて、それらのパーツはこれ以上は上に曲げられないようになってしまっている。

 鳥ではあるが、鶴ではない。どちらかと言えば、コウノトリに見えるそれは少し不恰好で、所々重なった紙がずれて見える。

 折り紙の本を見ながら、そして時折左右に質問しながら折り続けたのに鶴ではなくなった理由は、彼女自身にも分からない。

 一体、何の因果があって鶴にならなかったのか? その理由を知るべく綾乃は同様に折り紙をしている左右に質問をする。

『ねぇ、左右さん。鶴にならなかっ⁉』

 綾乃は左右を見てぎょっと目を見開いて驚愕の表情を浮かべる。いや、正確には彼が丁度作り終えた作品を見たからだ。

 彼女は自身の作品を折っている最中、左右への質問は彼の顔を見てしか言っていなかったのでどのような作品を作っているか把握していなかった。

 なので、余計に驚いてしまったのだ。

 綾乃が驚いた作品は、鶴だ。

 いや、ただの鶴ではない。

 四足歩行の鶴なのだ。

 一対の翼、尾に首と普通の鶴のパーツに加えてまるで馬のようなすらりと長い足が四本生えているのだ。しかも、どう見ても別途で作ったパーツを貼り付けたのではなく、一枚の紙だけで作り上げられている。

 そんな四足歩行の鶴を見た綾乃の感想は、凄い、そして気持ち悪いだ。

 たった一枚の紙でこうも複雑な物を何も見ずに作り上げる左右の腕前は確かな物で称賛に値する。しかし、作り上げたものは不気味さ満点の品となってしまっている。

『左右さん、それは?』

「あぁ、これ? これは鶴の進化途中」

 左右はあっけらかんと答える。そうして出来た作品を自分の机の引き出しに仕舞い、綾乃の折り上げた鶴を見る。

「コウノトリ?」

『一応鶴なんですけど、何処でどう間違ったのか分からないんです……』

「これは……多分ここら辺で間違ったんじゃない?」

 左右は折り紙の本を手元に持って来て、折り方の図の一つを指差す。

「ここで変な風にやっちゃうと、多分こうなると思うよ」

『成程』

「でも、これはこれで面白いと思うよ?」

『面白いと言われても……私は鶴を折りたかったんですけどね……』

 綾乃は自身の作品を見て、ふぅと息を吐く。

「まぁ、もう一度チャレンジすればいいさ。こういうのって何度もやるのが肝心だしね」

『うん、そうします』

 新たにホログラム紙を一枚手に取り、綾乃は今度こそと鶴を折り始める。左右も少し大きめの紙を手に取って、新たな作品を折り上げていく。

 そうして、不恰好ながらも綾乃は鶴を折る事に成功する。

 左右はと言えば、今度は二足歩行で腕のある鶴――通称鶴星人を折り上げた。

『…………』

 綾乃は、ただ絶句しながら鶴星人を眺めるしかなかった。

「うん、完璧」

 納得のいく出来栄えの鶴星人を折った左右は一つ頷くと、進化途中の鶴と同じように机の引き出しへと仕舞う。引き出しには今まで折った作品群が折り、帰り際にそこから何個かチョイスして窓口に置いている。

 今度のチョイスは、鶴と鶴の進化途中、そして鶴星人で決まりだな。と左右は更なる作品を作ろうと折り紙に手を伸ばす。

「すみませーん」

 と、ここで夜間の体育館を予約していた利用者が窓口に来た。

「はーい」

 左右は折り紙から手を離し、笑顔を浮かべて窓口へと向かう。

 使用料を受け取り、領収書と鍵を渡し、一礼をして左右は自分の席へと戻り、折り紙へと手を伸ばす。

 午後七時過ぎに夕飯を食べ、それからは綾乃と会話をしながら軽く公民館の回りを確認する。八時半頃に明日分の予約を出入り口近くのホワイトボードに書き起こす作業をして、収納金のチェックを済ませる。

 閉館時間の九時になり、利用者も全員帰ったのを確かめて館内の戸締りをして、灯りを消し、窓口に置いている折り紙を仕舞って新たなものを設置する。

 九時十五分になると同時に事務室の電気も消し、セキュリティロックを掛けて退出する。館外に出てから、車が全て出て行ったのを確認して駐車場のバリカーを上げる。

「じゃあ、また明日な」

『はい、また明日』

 左右は綾乃に別れの挨拶を告げ、ママチャリに跨って公民館の敷地から出ていく。

 そうして家に帰り、そこから明日の分の朝食と虎子の弁当を作り、夜食を食べながらまったりと過ごして一日を終える。

 それが裃左右の一日だ。

 ただ、それは深夜に何の予定もない場合の話だ。大抵は、深夜に副業が入る為、まったり出来るのは午前三時過ぎとなる。

 彼の副業は、妖怪相手の頼まれ事だ。無償ではなく、きちんと対価を受け取って左右は妖怪の手伝いをしている。

 今日はそれがないので、久方振りにゆっくりと寝る事が出来る。

「おやすみ~……」

【おやすみなさい】

 リビングの電気を消して、左右は英気を養う為に彼にとっては早めの就寝をする。布団変わりになっているもんたんに包まり、左右は数秒で夢の世界へと旅立つ。

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