サユーともんたんの怪奇録

島地 雷夢

夜の廃墟で

 午前零時を過ぎ、静寂が支配する。

 いや、そもそも深夜と言う時間帯は関係ないかもしれない。

 ここは元テーマパークだった廃墟だ。開園当時は盛況を博したが、娯楽が多様化するにつれて客足が遠のき、閉園を余儀なくされた。

 人がいないのが当たり前。元テーマパークだった廃墟はひっそりと夜の闇に潜む。

 閉園からはや十年余り。未だ撤去されずに残っているアトラクションは塗装が剥げて錆びつき、スプレーで落書きが施されている。街灯のガラスも砕け地面に散らばり、看板も雨風にやられて無残な姿と化している。

 この荒廃した雰囲気がそそるのか、昼間には廃墟マニアたちがやって来る事がある。

 そして、夜。

 まるで何か出そうな雰囲気を醸し出しているここには一種の心霊スポットとして祭り上げられてしまっており、肝試しと称して無断で入ってくる輩がいる。

 それは大学の友達数人であったり、罰ゲームで一人で来させられたり、恋人同士であったり。つまりは、リアルが充実している奴等が刺激を求めて来てしまうのだ。

「ねぇ、やっぱり帰ろうよ……」

「何だよ? 行ってみようって言ったのアミだろ?」

「確かに言ったけどさ、ここまでマジっぽいとは思わなかったんだもん……」

 本日も恋人達リアじゅうどもがご来園。この男女は近くに住んでいる訳ではない。たまたま夏休みの小旅行でこの付近に来ており、そこでこの閉園したテーマパークの噂を耳にしたのだ。

 折角だから行ってみようよ、と女の方が男を誘い、夜中にレンタカーを飛ばしてここまで来た次第だ。

 懐中電灯代わりのスマートフォンを片手にパキパキと地面に散らばったガラス片を踏み締めながらぼろくなった入場ゲートをくぐり、園内に侵入して辺りを見渡す二人。女の方は終始男の腕に抱き着き、男の方は興味津々とばかりに浮かれた様子を見せている。

「ねぇ……」

「大丈夫だって。何か出たら俺が守ってやるからさ」

 顔が青褪めて来た女は男に戻るよう促すが、男は訊く耳持たない。実際、幽霊なんている訳がないと高をくくっている。それに、怖がっているアミ可愛いなぁ、とちょいと女に対して失礼な事を思っていたりもする。

 女の方は早く帰りたいとばかりに目を固く瞑り、男の腕に必死になってしがみ付いて男と一緒に園内を歩く。

「そう言えば、どこら辺で幽霊出るんだっけ? コーヒーカップ? メリーゴーランド?」

「お、覚えてないよ」

「あー、そうだそうだ。確かヒーローショーとかやってた舞台に出るんだっけ」

「っ」

 心霊スポットとして祭り上げられてしまっている理由。それは男が言ったように幽霊が出るからだ。

 開園から閉園までの期間中、人身事故があった記録はない。廃墟になった後もここで自殺をした者も無い。故に、幽霊が出る訳がないのだが、どう言う訳かヒーローショーを行っていた舞台に白い人影のようなものを見掛けたと言う者がいるのだ。

 それも、一人二人ではなく、ここに訪れた五人に一人の割合で目撃している。昼間に訪れた人々からの目撃証言はなく、決まって夜に訪れた者達だけが見ているのだ。

「や、やだ。やだよ。帰ろうよ」

 女は今から男がその舞台に向かうだろう事が簡単に予測出来たので、必死の抵抗を見せる。一人では車に戻る事は出来ないし、一人で待っている方が余計に恐怖が引き立ってしまう。なので、女は男が諦めるよう腕を引き、足に根を生やして踏ん張ってこの場から動かないようにする。

 しかし、女は非力だった。半ば無理矢理引き摺られるように男に連れられて行ってしまう。

「大丈夫大丈夫」

 男は笑いながら女を連れ、舞台を目指す。その間、女は最後の抵抗として目を固く瞑って周りを見ないようにする。

 歩く事十数分。目的の場所へと着いてしまった。

「ここに出るのか」

 段上の観客席がぐるりと囲むのが舞台だ。半円状で奥の方には舞台袖に繋がる通路の出入り口が三つ存在している。

 男は舞台を凝視したり、観客席に視線を移したりするも、幽霊はどこにもいなかった。

「なぁんだ。いないのか」

 男はがっかりだと目を瞑って深く息を吐く。

「アミ、もう戻るか」

 未だに強くしがみ付いている女へと顔を向け、男は帰る旨を伝える。女としても、漸くこの不気味な空間から出る事が出来るので願ったり叶ったりだ。

 しかし、女は男の声が聞こえていなかった。

 女はかたかたと震え、目を見開き、瞳を揺らして涙を目尻に溜めていた。女は男のいないという言葉に薄らと目を開けて舞台の方に視線を向けてしまった。

 そしたら、見てしまったのだ。

 腰が抜けたのか、その場にぺたんと崩れ落ちそうになるも、素早く男が抱き抱えた事によって女は体勢が保たれる。

「アミ、どうした?」

「あ……あ……」

 男が訪ねても女は瞳を震わせ、喉を震わせるだけだった。男は何だ? を訝しげに女の視線の先に目をやる。

「なっ……」

 そして、男も見てしまった。

 先程まで無人だった舞台の上。今、そこには白い影が立っている。

 男が目を離したのはほんの数秒。音も無くそれは舞台上に現れた。

 その白い影は真っ直ぐと、男と女を見据えている。

 暗く、表情は見えないがそれが逆に冷や水を浴びせられるかのように恐怖を煽ってくる。

「う……」

 男は白い影から視線を外さないように一歩後ずさると、直ぐ様背を向けて腰の抜けた女を背負ってその場から走り去る。

「うわぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ本当に出たぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ‼‼」

 絶叫を撒き散らしながら。因みに、女の方は男が絶叫する少し前に気を失ってしまっていたりする。

 やや涙を流しながら全力で逃げおおせる男だが、女の存在を忘れずしっかりと連れて帰る所を見ると彼は彼女の事を大切に思っているのだろう。尤も、嫌がる女の制止を振り切ってずんずんと進んで行ったので善人ではないが。

 因みに、今回の件で男と女の関係は少しの間気まずくなったとだけ記しておこう。








































 男が女を背負っていなくなり、数分が経った。

「……やれやれ、疲れたっと。もんたーん、終わったぞー」

 男女が去った方角とは違う方から別の男がやってきて、舞台上の白い影へと手を振ってそちらに向かって行く。

「悪い悪い。少し時間掛かっちまって」

 両手を顔の前で合せ、白い影の顔色を窺うように手の横から顔を覗かせる。

【気にしないで下さい】

 そんな男に白い影はそう答える。

 ただし、声には出していない。

 人間で言う、顔の部分に当たる場所に文字を浮かび上がらせて答えたのだ。因みに、字の色は赤く、発光していて夜の暗闇でも視認しやすくなっている。

 男は白い影の返答に「悪いな」ともう一度謝る。

「じゃあ、帰るか」

【はい】

 それを合図に、白い影は形を変える。

 人のような形をしていたフォルムから、幅およそ四十センチ、全長三メートルはある一枚の長大なまっさらな布へと。

 その布は独りでに宙に浮かんでおり、ふよふよと波打っている。

 男はその布に跨る。すると白い影だった布は上空へと浮かんで行く。周りに遮蔽物がないところまで上昇すると、男を乗せた布は夜の空を飛行していく。

「所で、さっき悲鳴聞こえたけどまた誰か来たのか?」

【はい。人間のカップルでしたね】

「またか……夜は危ないってのによく来るな」

【全くです】

 男と布は声と文章で会話をしながら、帰路へと着く。





 男の名前はかみしも左右そう。あだ名はサユー。二十二歳。公民館夜勤担当職員。特徴は、昔から霊感が強く、妖怪や幽霊と言った類の姿を捉え、声を聴く事が出来る事。故に、妖怪や幽霊から頼みを訊かされる事もある。

 白い影だった浮かぶ布の正体は妖怪一反木綿。左右によりもんたんと言う名前を授けられる。以前、もんたんは左右に助けられた過去があり、それ以来彼に恩義を感じて恩を返す為に一緒にいる義理堅い妖怪だ。

 これは、左右ともんたんの少し以上に普通ではない日常を描いた物語である。

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