第2話 奇人変人、誕生。

「愚か者」ラジオ少年こと鈴木隆一は、千葉県市原郡姉崎町に生を受ける。

未だ戦中の世の中―

父鈴木一心、母鈴木久子の間に三兄弟の末っ子として産声をあげたのだ。


長兄 隆二 次兄 隆三、末弟 隆一を含む三人兄弟。


いかにも、適当な順番でつけたような名前だが、父と母は何の疑いもなくこの名前にしたという。

お隣のおばさんは笑いながら一心にこう尋ねる事が多かった。

「よう、いっちゃんとこの息子の名前だけども、なんで一番上の兄ぃが隆二で一番下が隆一の名前にしたの?」


一心は決まってこう答える

「いやよう、普通じゃつまんねぇんだ。番狂わせがあったほうが馬だって面白れぇだろう。」

根っからの競馬好きに隣のおばさんも呆れたようである。

久子はいつもほほえましくこのやり取りを聞くのが日課だ。

「おとっつぁんが面白いと思った事には、口は出せないんですよ。」という久子のフォローがあって一連の冗談話は成立していた。


後々に時は過ぎ、病床にある重度の認知症の久子は「あの日常」を振り返って隆一の子、誠実(のぶざね)が看取る病室で、こう言い残した。

「お前のじいちゃんね・・競馬狂いだったけど、お前のとっつぁんの名前のつけ方の順番は間違ってなかった・・・」


遺言の後、一呼吸、二呼吸、三呼吸と、まるで生まれてきた自分の子供の三兄弟の魂に懺悔するかの如く三呼吸目が終わると同時に病室の白い天井を見開いた目で見つめながら逝ったという。

齢96の大往生。

孫、誠実は帰路につこうと病院を出たところで多数の報道記者に囲まれ「おばあ様が亡くなられたとの事でご冥福をお祈りいたします。おばあ様との確執が週刊誌等で報じられていますが、事実でしょうか!誠実総理!」との質問に


誠実は記者の言葉を遮って「色々思うところはあるが、立派な祖母だった。残念であり無念です。」と、言い放ち、車に乗り、病院を後にするのだった・・・


国を背負って立つ誠実には、自分の身内の死程度では悲しまない強靭な精神を持つに至ったのである。それは父隆一の教えと後に名言として残る言葉が胸にあるからだ。

「誰のための国か!誰のための政治か!あなたたちは企業の勤め人の何倍もの給料をもらっておきながらやってる事といえば、ぐうたらの代表格じゃないか!自分の数日間の不眠不休程度がどうした!この法案は子々孫々、後々の世代まで残るんだぞ!」

国会で誠実がとある法案について、最大野党「日日党」の国会中に寝ていた議員を皮肉って言った内容である。


父隆一の「自己犠牲」という信念があったからであろう・・・


時は遡る。


鈴木三兄弟は学校に行く時間にも関わらず、まだ舗装もされていない時代に砂利道のど真ん中でベイゴマで遊んでいるのである。

長兄、隆二がこの時齢11。次いで隆三が10。隆一は8歳であった。

つぎはぎだらけの手製の服、泥まみれの風貌から察するに近所の評判は軒並み同じ。

「泥っ子悪童三兄弟」

三兄弟に名付けられた渾名。


当人たちはその渾名を面白がって気にも留めない。


同級生の友達もおらず、決まってこの三兄弟は一塊になってベイゴマに興じるのである。

何故同級生の友達がいないか、世間の共通認識は疎開による人の移動であった。

この時勢、親戚遠戚を頼り、爆撃被害のない地方へ疎開する例が多かった。


三兄弟が通うべき学校でまともに授業を受けているのは十人程度という

状態で、同校の全児童数は四十人程度。

内三十人はいわゆる読み書きや簡単な足し算引き算もできないという状態である。


その学校のあるクラスの一授業風景を切り取ると、先生がよれたフレームの牛乳瓶の底のようなレンズを二つ用意した眼鏡を人差し指で眉間に上げてこう児童に問いかける。


「1+1=・・・」は何か答えられる人いますか?


まともに従業を受けているが、ひねくれた児童たちは最初に決まってこう発言する。


「先生!答えはありません!みんな違う答えです!」


木のボロボロな机に突っ伏し、昼寝を決め込んでいた児童も、その実におかしなやり取りについては笑いをこらえきれないのである。


窓から注ぐ太陽光に反応して、瓶底レンズがひと際輝く。


「うん!みんな間違ってない!」


次いで


「答えはそれぞれあるんだから、1+1の答えは皆の宿題だ!」


と名物先生は低学年の児童に対し常に言うのだ。


この名物先生こと「名取雄一」は海軍少佐の父と、足が不自由な母の元に生まれ、父方の家系は戦国時代から続く由緒正しき武家であり、華族名簿等にも名前が見て取れるいわゆる「名家」の跡取り息子なのである。

「学を究めるは名取の右に出るもの無し」と帝大内で恐れられた秀才であった。


齢8にて18桁x18桁の掛け算を暗算できるという人並み外れた神童としても全国紙に載る有名人。


そんな帝大始まって以来の秀才がここ市原郡姉崎町で教鞭をとることになるとは・・・

エリートという敷かれたレールを脱線してまで、こんなドがつく田舎に来て

それも教える相手は神童と呼ばれた時と同じ、齢8の児童たちを相手に―


これも数奇なめぐり合わせであると隆一は後に述べる。


まだこの奇妙な先生との出会いを知らない三兄弟は素行不良のお墨付きを得られるほどの悪童である事は上述の通りである。


三兄弟の父一心はそのような素行不良があっても放任主義的な教育方針だった。

母久子は少しばかり教育ママなのであった。


一心と言えば、自転車で往復4時間の道のりの草競馬場に通うのが楽しみで

仕事という仕事はろくにしていない、無職の鑑のような人だ。

生活費は無職であることから当然あてもない。

近所の高利貸しからカラス金の金利で借りてくるのである。


久子は一心とは真逆で、教育の重要性を一心に説くのである。

ただ、久子は自身に不倫経験がある事、一心にそれが知れてしまった事から

ある一定の面では一心に頭が上がらないのである。


この両親の元、ある意味絶妙なバランスで狂い育った三兄弟は他人に迷惑をかける不道徳を知らぬまま、すくすくと育ち、挙句の果てのベイゴマ遊び。

この中で隆一のみはその歪んだ愛情に気づいて己を正すのであるが・・・

それもまだまだ成長途中の話。


現実世界の住人とは思えない人たちのこの数奇な組み合わせが、特殊な化学反応をおこし、隆進党初代総裁「鈴木隆一」という怪物を創成するに至ったのは言うまでもない。






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