第8話 溺れる鯨
僕には生まれつき、鯨には珍しいことに足が生えていた。
小さくて心もとない足だけど、憧れの陸で暮らす権利を持っているんだと、小さい頃は誇らしく思っていた。陸上を軽やかに走る猫やウサギに出会うまでは。
あんなに速くは走れない。かといって、亀のように頑丈というわけでもない。とても陸で餌を見つけ出す自信が持てなかった僕は、海で生きていくことにした。
海にいれば、群れに属することで仲間と協力して餌を集めることができる。毎日海の中を連なって泳ぎ、餌をとる。大きい群れ、小さい群れ様々あって、群れごとに採る餌、場所も違う。群れをなす生き物はほとんどが魚だ。その中に数匹ほど、僕のような鯨やアザラシが混ざって泳いでいる。
僕やアザラシ達は、休みの時には水上へ息継ぎをしに上がる。その様子を群れのリーダーは認めてくれるけれど、あまり理解はされない。周囲の魚たちは休みの時間に遠くまで一緒に泳ぎに行こう、と誘ってくれるけれど、僕には呼吸が必要だからと断る。その理由をわかってくれないのか、未だに群れに溶け込めていないように感じる。
この間、友達のアザラシが群れに来なくなった。理由も僕に告げず、どこにも見当たらない。どこに行ってしまったのかは、この大海原では知る由もなかった。
最近、群れの餌の取れ高が悪いらしく、遠くまで遠征に行く話が出た。そのために、海中にある流れの強い大きな海流に乗るらしい。
僕にはその旅路にどれほど時間がかかるのかわからなかった。息をとめることには自信はあるけれど、永遠には続かない。だけど僕には、この海でもひとりで餌を採れる自信が持てなかった。ついていくしかない。
遠征の日が近づいたある日、陸へ上がった夢を見た。大変ながらも、速くは走れなくても、餌を一人で手に入れている夢だった。目を覚ました後、その日は群れを休んで海上で空を見上げていた。気が付くと、小さい頃に生えていた小さな足はすっかり無くなって、表面を触れば骨だけがごろりと残っていた。
そして遠征の日を迎える。前日の夜あまり眠れなかった僕は朦朧としていて、深く考える余力はなく、群れとともに、海の底へ深く深く潜っていく。
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