第2話 自分との約束オブザデッド
“食器洗う”ゾンビに追われてこのショッピングモールに逃げ込んだのは二カ月前のことだったか。まさかゾンビになるとは思わなかった。
「食器を洗う」という約束事がゾンビになったのは、台所に置いた食器を放置してひと月ほどたった頃だった。食器を洗わないと台所が狭くて使いにくい。もちろん洗えばいいだけの話なのだけど、どうにもめんどくささが先行した。それ以外にも色々とやりたいことがあったのだ。
そうして放置しているうちに食器が消えるわけでもないので、仕方なく僕はカップラーメンを食べ始めた。そうすれば食器を使うこともない。そんなことをしていた矢先の事態だった。
同時に発生した“ごみ捨てる”ゾンビ。自宅の敷地内に物を溜めることは何の罪にもならないはずだ。場所が埋まるならばそれ以外のスペースで生活すればいいだけのことだろう。僕には色々とやりたいことがある。
気づいたら多くのゾンビに囲まれていた。“洗濯機回す”ゾンビ、“掃除機かける”ゾンビ、“マンガを棚に戻す”ゾンビ。色んなゾンビから逃げる中たどり着いた先が、このショッピングモールだ。僕の他には誰もいないらしい。
ここなら、好きなだけぐうたらできる。ご飯を食べた後も、食器を洗う必要がない。洋服が汚れてきたら、また新しい服を商品ラックから取ってくればいい。掃除をしなくても、モールの広さは家の何十倍もある。ごみに埋め尽くされる心配もない。
さあ、色んな事をしよう。僕にはやりたいことがたくさんあるはずだ。マンガを読んだり、映画を見たり、ゲームをしたり。ゾンビに追い掛け回される必要なんてない。
なのにおかしい。一向に気分がすっきりしない。毎日楽して生きているはずなのに、マンガの内容が全然頭に入ってこない。映画を2時間もじっと座って見ていられない。ゲームをしていて少しでも失敗したらイライラしてしまう。
そんなある日、ふと気づいてしまった。ガラス窓に“布団を畳む”ゾンビがへばり付いている姿を横目に、売り場に置いてあった新品の布団に潜り込んだとある日の夜のことだ。気づいたというよりは、頭の中で無意識に抑え込んでいた気持ちが急に顔を出したというのが近い。
彼ら(と呼ぶべきか)がゾンビとしてこの世に生をうけている理由は外ならぬ僕にある。消し去ろうとしても、忘れようとしても、彼らは消えることなく心の片隅に残り、決して死ぬことなく頭の中を闊歩し続ける。
彼らを倒すのは僕の役目だ。彼らの寿命と僕の寿命は同じなのだから。
ガラス窓に反射する自分の顔を見た。全く張りのない青白い顔を見て、もしかしたらゾンビたちよりも僕の方が死人に見えるのかもしれない、と思った。
このゾンビたちを倒すために武器はいらない。銃もチェーンソーも、芝刈り機もゴルフクラブもいらない。倒し方の説明はきっと必要ないはずだ。
長きにわたる戦いに終止符を打った僕は、ショッピングモールを後にした。
家に帰り、真に生き生きとした毎日を送っていたある日、ポストに同窓会の案内はがきが投函されていた。その瞬間死んでいたはずのゾンビが頭の墓から蘇る。
“友人に謝罪する”ゾンビ。倒すのにてこずりそうだ。
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