第3話 趣味レータ

 名前は確かに「シミュレータ」のよくあるダジャレに過ぎないが、この画期的な発明内容を前にしてそのような指摘は野暮だ。

 「趣味レータ」と呼ばれる最新の機械は、未来の趣味を事前にシミュレーションすることができる装置だ。装置から延びているケーブルを頭に取り付けることで、いつか体験したいと思っている趣味を、一瞬の時間で本当に体験したかのように感じることができる。時間を効率的に使うにはうってつけの装置だ。


 装置の使用予約をして1年待ち、ついに僕にも使う権利が回ってきた。

 今はまだ中学生だけど、これまで持ち前の考えすぎる癖からか、何の趣味も始めることができず、張り合いのない日々を過ごしていた。これを機に、新しい自分に生まれ変わってやろうという野望を持っている。

 "趣味"レーションすることは決まっている。「サッカー部」だ。体育の成績が悪かった僕は、運動部に所属するという選択肢を今まで一度も考えたこともなかったが、気軽に体験できるのであれば、最もメジャーでヒエラルキーがいかにも頂点って感じの趣味を試してみたいと思っていた。


 「趣味レータ」から延びるケーブルを頭に接続する。少し視界が点滅するな、と思うと同時に気づけば僕は、広いグラウンドに立っていた。

 

 「趣味レータ」で行われるシミュレーションとは、趣味を習得する過程からすべてを追体験するといったものだったらしい。すでに入部を終え、サッカー部の入部式から始まるようだ。同時期に入部したであろう新人とともに横一列に並び、自己紹介をする。皆ぎらぎらと生命力のあるものばかりだ。早速この先が心配になったが、これはただのシミュレーションだ、前のめりに行こう。

 サッカーボールを蹴ってみる。思っている以上に上手く飛ばない。周りの仲間がどんどん上手になる中、僕だけが置いて行かれている。それでも周りの皆は優しかった。最初は気持ちが一歩引いていた僕も、少しずつ皆と打ち解けていく。

 部活帰りに仲間とコンビニに立ち寄りおしゃべりをする、そんなサッカー以外のひと時も楽しかった。サッカーのルールがわかるにつれ、僕自身にも得意なポジションが見つかる。仲間とともに切磋琢磨し、試合でも次第に活躍できるようになっていく。悪い癖だった細かいことを考えすぎる時間も次第に減っていき、サッカーの楽しさにどんどん惹かれていく。

 永遠とも思える充実した時間にも、引退試合という最後の瞬間が訪れる。強豪相手に惜しくも負け、引退の運びとなったが、心はすごく爽やかで、清々しい達成感に満ちていた。この3年間、大変なこともあったけど、素晴らしい仲間たちと楽しくサッカーという趣味に打ち込めて、本当に良かった―――


 ―――といった3年間になる可能性がございます。


 無機質な声で現実へと呼び戻される。シミュレーションが終わったらしい。非常に素晴らしい時間を経験できた。結局、現実の僕はまだサッカーはできないままなのだけれど、入部すればこんな素晴らしい経験ができるかもしれない。

 でも、できないかもしれない。そもそもこんなに楽しかったのはシミュレーション世界で仲間に恵まれたからだ、実際は違うかもしれない。それにもう一度3年間を頑張りきることができるのだろうか、急に自身がなくなってきた、やっぱり帰宅部になろう。

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