第4話 サキヨミ
自分の姿が写らない鏡を拾ったのは、ほんの数日前のことだ。
鏡はなんてことのない細い路地に落ちていた。見た目におかしいところは見当たらない、持ち手のある小さな丸い手鏡だ。ただ、どうしても自分の姿が写らない。
不気味に思う気持ちより好奇心が勝ってしまった男は、家に持って帰ることにした。男は細かいことは考えない性格だった。
帰宅後部屋の隅に置いてみると、初めて鏡を覗き込む自分の姿を見ることができた。確かに自分の姿なのだけれど、服装や細かい動きが違う。壁にかけてある日めくりカレンダーが写り込んだ。そこから読み取ると、ちょうど今の世界から二週間後のようだ。この鏡は写り込む範囲の未来が見える。
「向こう側の俺からすれば、過去を覗いていることになるのか」
頭の中が複雑になってきたため、考えることをやめた。男は細かいことは考えない性格だった。
鏡と生活するうちに、ひとつ明らかになった点がある。どうやら未来だと思われる男の動きは、今の男とは少しだけ違っているようだ。並行世界のようなものなのだと考えた。それでも十分、大まかな世界の流れや天気などの出来事は先読みできる。なかなか便利な鏡のある生活にも慣れ、思ったより平凡な日々を送っていた男に突然事件は起こった。
いつもの時刻、いつものように鏡を覗くと、男の姿はあらわれなかった。
細かいことを考えない男も、この時ばかりは少し不安になった。鏡の世界でいつもとは違うものが見えるということは、二週間後少なからず似た事が自分自身にも降りかかることになる。
事態は思ったより早く動いた。その夜訪れたコンビニの店員からの話だ。
「あなたさっきも来られませんでしたか?」
「今日は初めてですが」
「いえ、先ほど品物をカードでたくさん買われていったので流石に覚えています」
やられた、未来の男がこっちの世界に来ていると直感的に悟った。
あの鏡を通ってきたのだろう。方法はわからないがきっと、鏡を調べているうちに移動方法に気づいてしまうのだ。今から二週間後に。当たり前なのだけれど、未来の男は先手を打つのがうまい。
「このままではきっと一週間もせずにお金を使い切られてしまう。そして面倒ごとをこちら側の俺に擦り付けて元の世界へ帰るつもりなのだろう」
ただ、男はそれほど焦る様子を見せない。過去には過去なりにできることがある。
1日もせずに、過去の男は3億円の宝くじと共に未来の世界にいた。
鏡を外に持ち出し、番号が発表される二週間前の宝くじの当選番号を売り場で確認し、必ず当たるくじを購入したのだった。鏡での移動方法についても、未来の男がこちらに来たことが、逆に必ず移動方法を見つけられるという確信に繋がった。その結果、たった数時間で移動方法を見つけ出すことに成功したのであった。
未来の男はこう考えていた。過去の男は二週間は移動方法に気づけないはずだ、と。考えが甘かったのだ。男は細かいことは考えない性格だった。人には先人を見て学ぶ力がある。
過去の世界では、未来の男が借金を繰り返しながら逃げ続けている。未来の世界へ過去の男が来ていることも知らずに。
「ざまあみろ、俺」
過去の男はそう言い放ち、鏡を床に強く叩き付け粉々に砕いたのだった。
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